木下 確かに、書く時の湿度や温度は、書にとって重要です。それにしても、にじまないものですね。

茂住 あれは奉書紙をあらかじめ2枚貼り合わせているわけです。

木下 あぁ、なるほど。事前に裏打ちされた紙にお書きになられたと。ほかに準備されたことは?

茂住 これもまぁ裏話ですけど。当日は朝5時前に起きて氏神様へお参りに行き、前日には師匠の青山杉雨先生のお墓にもお参りしました。自分ができることはして、あとは精神的な支えで助けてもらえるところは、助けてもらおうと。

木下 他力を味方につける。いいことをお聞きしました。(笑)

茂住 それでも不測の事態に備えて、もらった時間をぎりぎりまで使わず、早めに仕上げました。書の額入れも僕が行っています。

 

「負けたくない!」その一心で

木下 茂住さんは大東文化大学の経済学部のご出身ですよね。私もそうでしたが、大東大には書道学科もあり書道を学ぶことを目的に入学する学生が大勢います。そのなかで書道部に入られたと。

茂住 僕は書の道を志して入学したわけではありませんでした。でも、たまたま入部して書道という好きなものを見つけてしまった。当時の部員は400人近くいましたが、みんな高校時代から著名な書道展で入賞するようなエリートばかり。とことん惨めな思いを味わいました。「負けたくない!」、その一心で、授業にも出ずに、字ばかり書いていました。(笑)

木下 そんな努力の甲斐もあって、書道部の部長になり、卒業後は狭き門の辞令専門官の職にも就かれて。さらにお仕事で書かれる以外にも、プライベートでは、書家・茂住菁邨として活躍していらっしゃいます。

茂住 好きなことを仕事にできて、僕はラッキーだったと思います。少しでもヒマがあったら書いていたい。だから、ゴルフは絶対にやらないと決めています。いったんゴルフを始めたら、「うまくなりたい!」と熱くなり(笑)、休日の時間を費やしてしまいますから。

木下 やっぱり、筆を持つ時間が長いということは上達の秘訣ですよね。

茂住 字を書けない環境にあっても筆を持ち続ける。事情があって稽古を休まなければならない方にも、指先感覚を失わないように、書かなくていいから毎日筆を持ったほうがいいよとアドバイスしています。