破天荒な父の血と、生真面目な母の血

夫婦の問題だけでなく、老いた親との関係も、今回の作品のひとつの柱になっています。主人公の末永は父親が入所している老人ホームにまめに通っていますが、僕自身は10代で実家を出て以来、父とはずっと距離を置いてつきあってきました。

父はとにかく破天荒な人なんですよ。それまで勤めてきた新日本製鉄の仕事を辞めて、突然「喫茶店をやる!」と言って店を始めたかと思えば、いきなりやめてしまったり。「飲む、打つ、買う」はいっさいやらないけれど、山登りやスキーを楽しんだり、陶芸に凝ったりと、遊び上手で多趣味な人。そんな父に振り回されて、母はさぞかし苦労したと思います。僕が高校卒業後すぐに上京したのも、俳優になりたいという夢があったのはもちろんですが、父から早く離れたいという思いもどこかにあったのかもしれません。

実は、今回の作品で主人公の父親役に扮しているのは、僕の実の父です。父が座っている車椅子のかたわらで、「あなたのそばにいるのがイヤで家を出たんだ」というようなセリフを言うシーンがあるんですけど、このセリフを聞いたら、父はいったいどんな気持ちになるだろうって。でも、撮影現場での父は「俺は、いつまでこうして座っていればいいんだ?」ということが気がかりだったらしく、僕が何を言っているかなんてほとんど気にかけていなかったので、「だったらいいや」と、スムーズにセリフを言うことができました。

施設にいる末永の父親役は、光石さんの実の父が演じたことも話題に ©2022『逃げきれた夢』フィルムパートナーズ

自由人な父とは対照的に、母は生真面目で常に石橋を叩いて渡るような人。長年、新日鉄で働いて、早期退職するまでは仕事と家族を支えることだけに専念していました。そんな2人の間に生まれたひとりっ子の僕は、父の血と母の血を両方受け継いでおり、自分の中に父が出てくるときと母が出てくるときがあるような気がします。最近は、好きな服を買いに行く時間も満足にないほど真面目に仕事をしているので、母のモードになっているのかもしれません。

母は僕が30代のときに亡くなったので、俳優として活躍するところを見せてあげることができなかったのが悔やまれます。生きているうちに親孝行できなくて、本当に申し訳なかった。それだけが、今でも心残りです。