高尾 生きていれば病気もします。長生きすれば、病名を3つや4つは持つものです。だから、病気になって「何がいけなかったの?」なんて考える必要はない。患者さんから聞かれるたびに私は答えます、「何も悪くないです」と。

ただ同時に、たぶんそれでは患者さんは前に進めないのだろう、とも思うのです。科学的にどうかではなく、病気になったという事実に納得すること、原因を探して腑に落ちることが、ある意味、必要なのかもしれませんね。

西 わかります。私の場合は、これぐらいしないと休まなかったということかな。とにかくせっかちで、呼吸の浅い人生を送ってきました。15日にはカレンダーをもう次の月にめくりたくなるし、仕事も次々入れて、締め切りを落としたこともないし(笑)。

ふと1日空いたら、走りに行こうとか、「エッセイ1本書けるな」とか、いつもスケジュールを埋めていました。好きでそうしていたけど、がんになって気づいたんです。私は脳の快楽ばかり求めて、体には何も聞いてこなかったんじゃないかって。

抗がん剤治療が始まると何もできない時間が続きます。そのとき、ものすごく腑に落ちました。神様から「休みなさい、立ち止まりなさい」と言われているんだ、と。

高尾 頭と体に加えて、心もありますね。私たちの行動はたいてい頭が支配していて、「こうしたほうがいいだろう」という判断で選んでしまう。本当は望んでそうしているわけではないのに、自分がそうしたくてしていると思い込んでしまって……。

西 はい。そう気づいてから、過ごし方が変わりました。時間ができると、「走りに行こう!」とまず思う。そこで立ち止まるんです。「脳はそう言ってるけど体はどう? 走りたい?」。そしたら「今日はゆっくりしたい」ってことも。家のすぐそばに海があったので、座ってただ海を眺めていた日もありました。

高尾 私たちは日々、いろんなことを選択しながら生きているけど、その選択は、頭が望んでいるのか、心や体が望んでいるのか。皆さんも、自分自身に問いかけてみるといいかなと思います。

<後編につづく

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作者:西加奈子
出版社:河出書房新社
発売日:2023/4/18
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