ストレスが溜まっていた父の奇行

ちなみに母と違って、父は怒ったところを僕が見たことがないくらい温和な人。ただ一点、僕の知らない面は持っていたそうです。家を出たあと、僕は次兄に「親父の奇行知ってた?」と聞かれました。兄によると、家族が寝静まったところに帰宅した父が、僕らの寝ている部屋へスーツをしまうために入室してきて、ベルトを解くと、そのベルトを黙って床に何回も強く打ち付けていたっていうんです(笑)。怖いですよね。僕は熟睡していて気づいたことはなかったのですが、今考えれば、父は父なりに相当のストレスを溜め込んで頑張っていたんでしょうね。長兄は僕らよりそんな父のストレスを敏感に感じ取って、社会に対して不信感を持ってしまったのかもれません。僕にも大小さまざまなストレスがありますが、なんでもネタにできるのがこの仕事のいいところ(笑)。この本を書いたこともストレス解消の一つになりました。

深夜にベルトを打ち付けていた父ですが、同じ会社でちゃんと勤め上げて、今は老後をアクティブに楽しんでいます。先日は、実家でいつもの散歩コースだと誘われてついて行ったところ、ヘトヘトになるくらいの長い距離でした。それに対して静夫さんは、健康管理のために運動するという発想はないようです。病院も行きませんし。この頃は「太陽の光さえ浴びていれば幸せだ」と言って、一点を見つめながらジッとしていることも多い。その見つめている景色が最悪なんですよ。木の1本も生えていない駐車場の辺りをひたすら見ていて、正直ギョッとします。

僕が家でやっていることと言えば、ドラマを見ること。今、地上波でやっているドラマを全部見ているんです。きっかけは、僕がドラマに出た時に周囲のみんなに酷評されたこと。それまでドラマはあまり見ていなかったのですが、「そんなに俺の演技って酷いの?」と悔しくて、ならば研究してやろうという気持ちで見始めました。

「ドラマをたくさん見ている人」はいても、「全ドラマを長期間見続けている人」は多分いないので、このままずっと続けていれば、20年後くらいには世界に1人の存在になっていると思います。僕は、何かコレクションを揃えるとなると、1つでも漏れると気持ちが悪いタイプの人間なんですよね。他人からは「過去の名作も見ないで全部見るなんて人生の時間の無駄遣いだ」って言われました。まぁそんな僕も、確かに奇人といえば奇人ですかね。

全ドラマを強制的に見ていると、やっぱりつまらないものや納得いかない作品にも出会います。特に僕は説教くさい「人生ってこうあるべきだよね」みたいなのが苦手。だから僕の『静夫さんと僕』も家族が円満にいく話ではありますが、説教くさくないんです。

そんなわけで、皆さんぜひご一読ください。

『静夫さんと僕』ご一読ください(撮影◎本社・奥西義和)

エッセイ『静夫さんと僕』(著:塙宣之/徳間書店)

何度も呆れるけど、それでもずっと愛してる。
「ギギギギ」と笑い、布団の上で飯を食うし、注射と聞くと部屋に籠城ーー 変なおじいさんとのちょっとおかしな二世帯暮らし

\ファン第一号、清水ミチコ氏が笑い泣き!/ ものすごく面白いお義父さん。 見つめてる塙さんはもっと面白い。

●「はじめに」より
「のぶたん!」 呼ばれた方へ振り返ると、一人のおじいさんが立っていた。静夫さんだ。 静夫さんは、僕と共に暮らすお義父さん。僕は今、都内の一軒家に住んでいる。僕の奥さんと3人の子どもたち、そして奥さんの両親と同居する、いわゆる二世帯住宅だ。 静夫さんは1945年生まれ、奄美出身の77歳。長年、東京で自動車教習所の指導教官や、タクシー運転手をしていたけど、数年前に脳梗塞になり、足腰を悪くして糖尿病も患い、いまはゆっくり隠居暮らし中。 僕が静夫さんの話をすることで、多くの方が父親を懐かしんだり、温かい気持ちになれるなら、書く意味もあるんじゃないか。そう思うから今、筆をとっている。 世の父親の大半は、身内や周りに迷惑をかけているかもしれない。でも、なんだかんだ結局、愛されているはずだ。そんな父親に呆れつつ、苦笑いしている多くの息子、娘さんたちに共感してもらい、多少なりハートウォーミングな気持ちになっていただけたら嬉しい。 静夫さんを通して「うちの親父も大変だったな」と、それぞれに思いだし、ひと笑いしてもらえたら何よりだ。