中学三年生。
僕は受験生になっていた。県でも一、二を争う難関校である私立の蘭貫(らんかん)学院を目指していた。
それは最初は僕の意志じゃなくて、親や先生から言われたものだ。
とりあえず勉強はできた方なので、それこそ学年でも一、二を争っていて、このまま一生懸命受験勉強を頑張ればなんとかなるだろうって感じだった。
勉強は嫌いじゃなかった。むしろ好きな方だった。
知らないことを、いろんな知識を習って自分のものにするのは楽しかったし、やればやるほど自分の中に染みついて、身に付いていくのは嬉しかった。しかも文系も理数系もわりかしオールマイティにできたんだ。
自慢じゃないけど、運動も得意だった。
野球が大好きでずっと野球部をやっていた。それなりに上手くて一年生からすぐにレギュラーも取れていたんだけど、中二の夏に突然腰をやってしまった。
ヘルニアだったらしい。まだ全然成長期だったので何とも言えないけれど、このまま野球のような激しい運動を続けていくのはちょっと無理だってお医者さんに言われてしまって、野球部は辞めた。
だから余計に勉強をした。
何かになりたいとかいうはっきりした目標があったわけじゃないけど、勉強ができるんだから、それがもっとできる学校へ行った方がいいか、って感じ。そのまま東大にでも進むような道ができれば、それはそれでいいかなって思った。
蘭貫学院は私立だから当然学費はめちゃくちゃ高いんだけど、父さんはお祖父(じい)ちゃんが始めたそんなに大きくはないけど運送会社を経営する社長だったから、それもなんとかなる、っていうか余裕だったはず。
そう言っていた。
あっという間に戻ってきた平和な日常。
そして、がんばったから難関校である蘭貫学院にも合格。
その嬉しいだけの春に、また平和な日常があっという間に崩れ落ちたんだ。
今度は世間的にじゃなくて、まったく個人的に。我が家に。