最初の2行に命を懸ける

「どうしたら、ヒットする歌詞が書けるんですか?」と、よく質問されますが、ヒットするしないに関わらず、僕が詞を書くときは、毎回、タイトルと最初の2行に命を懸けています。とくに、最初の2行はそれがすべてと言っていいくらい大切です。映画でもファーストシーンが重要なように、最初の2行で失敗しちゃうと、どんな歌でもつまらなくなってしまうので。

 その2行が浮かぶまでが、実はものすごく大変なんですよ。「ああ、逃げたい、映画を観に行きたい、本屋に行きたい」って、まるで試験勉強から逃避している高校生のような心境です。(笑)

 タイトルも1曲につき20から30個ほど考えます。最初に、タイトルだけ出してほしいというアーティストの方もいますから。それこそ生みの苦しみを味わいますが、反対に、タイトルと最初の2行さえ決まってしまえば、もはや出来たも同然。歌詞自体は全体で20~30行ほどなので、最初の2行が決まれば、残りを書き上げるのはだいたい3時間、長くても5時間あれば十分なんですよ。

1984年の雑誌『DOLIB』より。自宅リビングで奥さんとお嬢さんと談笑する売野さん(写真提供◎売野さん)

「名詞」の向こうに物語が浮かぶ

 もうひとつ、僕が大切にしているのが名詞です。水平線、防波堤、キャンドルライト、ハートブレイク等々――世界に存在するものにはすべて名前がついているので、名詞を耳にするだけで自然と物語が浮かんできます。詞を考える際にも名詞がフックになるので、作詞の仕事を始めた頃は、気になる名詞をかたっぱしからノートにメモしていました。

 うちの娘にも、子どもの頃から「とにかく名詞はすべて覚えなさい」と教えていました。映画を観たら、内容は忘れてもいいから、タイトル、監督、主演俳優の名前だけは覚えるように、と。おかげで、娘はほんの幼いときから、ものすごく難しい映画のタイトルを覚えていたり(笑)。でも、それくらい僕は名詞が重要だと思っているんです。

 今でも、「これは何ていう名前だろう?」と気になると、徹底的に調べます。たとえば、日本旅館の和室の窓側に、椅子が向かいあってガラステーブルが置いてあるようなスペースがあるでしょう。あるとき、その空間の名前がとても気になって、調べてみたら「広縁」だと。それくらい名詞が好きで、知らないものは覚えたい。そんな僕の性格が作詞をする上にも役立っているのかもしれません。