真反対の2人がタッグを組み、言葉を届ける

「筆耕士」としての依頼を遠田に受けてもらうために、なぜか「代筆屋」の手伝いをする羽目になったホテルマンのチカ。2人が最初にタッグを組んだのは、書道教室に通う小学5年生の遥人からの依頼だった。「転校する友達(土谷)に手紙を渡したい。でも、想いがあふれて言葉がまとまらない」――そんな遥人の想いをチカが汲み取り、遠田が文字にする。
“ジョバンニとカムパネルラみたいに、また土谷と電車に乗って、今度は多ま川よりもっと遠くまで旅をしたいです。”
代筆の手紙の中に登場する『銀河鉄道の夜』の描写は、三浦さんの深層心理が反映されたものでもあった。

チカと遠田には、具体的なモデルがいたわけではありません。ただ、通常の書家のイメージ――いわゆる“枯淡の風情”とは真逆な人物像がいいだろうと思い、遠田のキャラクターを決めました。全然枯れていない感じの書家に振り回される、実直なホテルマン。そんな2人が頭の中に浮かんできたんです。プロットは最後まで決まっていたし、代筆の依頼がくることも想定していました。ただ、依頼に対して、どのような文面で答えるかまでは具体的に考えていなかったんです。

代筆を頼みにきた遥人は、小学3年生のときにいじめを受けていて、その窮地を救ってくれた土谷と、「石集め」の趣味を通じて親しくなります。でも、その土谷が転校してしまうことになり、悩んだ末に遠田に代筆を頼むわけです。

遥人が土谷に宛てる手紙の中身を、チカが一生懸命考える。そのシーンを書いているうちに、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』が頭に浮かびました。あの物語も、言ってみればバディものですよね。多分、書きながら必死に探していたんだと思います。小学生でも読んでいて、「石好き」に関係するもので、なんとなくこの物語全体を象徴するようなモチーフが何かないかな、と。それで、遥人と土谷の関係性になぞらえて、『銀河鉄道の夜』のお話も絡めながら、代筆の手紙を書き上げました。

『墨のゆらめき』(著:三浦しをん/新潮社)

“はじめて聞く言葉の連なりから、そこに宿る思いの根幹を鋭敏につかみとり、豊かにイメージをふくらませて、文字として具現化する。”
遠田が遥人の手紙を代筆する様を、チカはこのように表現している。破天荒ながらも感性豊かな遠田は、生徒たちにかける言葉も通り一遍ではない。風変わりな書道教室の風景には、三浦さんの願望が込められていた。

遠田は、子どもたちが書いた書を独特の表現で肯定します。たとえば、「風」という漢字を書いたときには、「うん、軽やかでいい感じの風が吹いている」というように。

私は、学校の「書写」の時間しか書道と関わった経験がなくて。その時間を毎回、「つまらない」と思っていたんですよ。なので、こういう先生だったら、お稽古事でも楽しく通えそうだなと想像しながら書きました。

文字が「上手い」か「下手」かなんて、感じ方は人それぞれなはずです。それなのに、そういう評価だけに囚われてしまったら、究極はコピーとか印字でいいじゃんってなっちゃいますよね。

子どもは大人よりも経験値が少ないので、大人に「こうしなさい」と言われたら、言われた通りにしなきゃいけないのかなと感じてしまう。でも、子どもが大人の目を気にしてばかりいることが、正しいとは思えないんです。もちろん何事も基礎は大事だけど、そればかりじゃ子どもは飽きてしまう。その子の持ち味である“いいところ”を認めつつ、気をつけるべき点は指摘する。そのほうがいいと私は思います。