「親から諦められていた私は早くに家を出て呪縛から解放されましたが、同居していた弟は、親の価値観を素直に飲みこんでしまったように感じます」

母に頼まれ、弟を雇うも......

一方、私は大学入学と同時に家を出て、卒業後は大手通信社に入社。母は、私が〈大きな会社〉に就職したことをとても喜びました。しかし3、4年で退職してフリージャーナリストになった時、母からは「ショックです」と一言だけ書かれたハガキが届いた。私はそれがショックで、気づいたら次第に実家から足が遠のいていました。

今にして思えば、弟も私も、母から巧妙でソフトなコントロールを受けていたのかもしれません。親から諦められていた私は早くに家を出て呪縛から解放されましたが、同居していた弟は、親の価値観を素直に飲みこんでしまったように感じます。

母方は伊達藩の士族の家系で、祖母の日記に教えが残っているんです。「士族の子どもは、どんなにひもじくても、他人様に物を乞うてはならない。また、いやしいことをするなと口ぐせのように言って聞かされた」と。

きっと母も、それを刷り込まれて育ってきたのでしょう。母は弟が就職できないことを嘆いて、たびたび私に電話をかけてきては愚痴をこぼしていました。そして、弟に仕事を紹介できないか、と言うのです。

弟はジャーナリズムに興味があったので、私のアシスタントとして雇うことにしました。しかし金銭感覚がマヒしているのか、事務所の備品などを経費で大量に買ってしまう。相談なく、何でもお金で解決してしまうのです。

本人は良かれと思って行っているものの、私自身の生活に支障が出るようになって、半年で辞めてもらわざるをえなかった。弟は得意な英語を生かしたいと翻訳や校閲の仕事をしたこともありましたが、どれも長続きしなかったようです。

でも根が真面目なので、将来のことはすごく心配していました。それに、「自分が家を守る」という意識が強かった。親の価値観でもある家父長制に縛られているようでした。弟から、「お兄ちゃんは長男なのに、なぜ家を出たの」と責められたこともあります。小さな頃は仲が良かったのに、価値観のズレを感じることがよくありました。