「夫婦仲が悪化すると家庭の食卓や椅子が通常の形ではなくなっていくことは否めないようだ」(写真提供:photoAC)

脚立の天板がテーブルの代わりのおじいちゃん

もちろん、食卓のテーブルや椅子に表れる変化は、夫婦関係だけではない。多くの場合、ダイニングテーブルが物置台や作業台のようになって、家族はその一角に入れ替わりで一人ずつ食事をするようになったり、一人用の(あるいは小型の)座卓をテレビ前に出して、そこに一人ずつ交代で座ってテレビに向かいながら食べるようになったりすると、たいていその家族の関係が変化し始めたことを表している。家族がたまに揃うと「早い者勝ち」や「じゃんけん」で限られた席を奪い合う独り食べ前提の食卓や、あぶれる人が出る食卓の家さえ何軒も見られる。一人ひとり全部違う「自分用」椅子に座り、他の人とは椅子さえ共用しなくなっていた家もあった。

そんな食卓スタイルになると、主婦は決まって同じことを言う。「子どもも夫も、もう食事はそれぞれ勝手にやってほしいし、私も勝手にしたい」と。それは、家族が押しとどめようもなくバラバラに「個人化」してきたことを表しているのだろう。

ましてやダイニングテーブルが消えるとき、それは引っ越しなどによる住宅事情の変化だけを表しているのではない。その家から「家族が揃う」ことへの意思も願望も消えたことを表している場合が多い。

中には、家族の誰か一人だけがテーブルや椅子さえ与えられていない例もいくつかあったので、取り上げておきたい。

祖母が亡くなり子ども家族と祖父が同居することになった家庭。この祖父の食事は家族と同じ食卓ではなく、一人だけ脚立(踏み台)の小さな天板部分がテーブルの代わりだった。居間の長椅子の前に脚立を引き寄せて、その上に載せたものを食べる老人の姿が写真に写っているのに驚いて理由を尋ねたが、「おじいちゃんは、そこでいいと言うので」と、主婦(43歳)は気に掛ける様子もない。

家族と食事をしたがらなくなった「反抗的な」(と母親が言う)男の子(15歳)の椅子も奇妙だった。彼の椅子だけは、以前ドッグフードが入っていたドラム缶だったのである。「ウチは椅子が人数分ないんだけど、息子は滅多に家で食べないし、食べても私たちと一緒に食べないから困らないんで、新たに椅子を買い足すつもりはない」と母親(38歳)は話す。自分の椅子だけドラム缶になった男の子は今後も家に帰って家族と食事を共にするようになるだろうか。