「食卓のテーブルや椅子は、当人たちの意を超えて家族関係の変化やその本音を露骨に物語ってしまう」(写真提供:photoAC)
9975食の食卓日記、1万8000枚以上の食卓写真、700時間を超える主婦への面接をもとに、類を見ない綿密な調査を20年以上続けている岩村暢子さん。人数分の椅子がない食卓や、自室にこもって食事をとる人たちの出現から読み取るべきは、「食の乱れ」などではなく、個人の自由を最優先させた挙句行きついた、バラバラで生活することが一番幸せな今の家族の姿だという――。

私は長年にわたり、食卓を定点観測の場として、現代家族の実態と変容、その背景を明らかにすることを目的とした「食DRIVE調査」を行ってきた。ここで紹介するのは、同一家庭の10年後、20年後の変化を追跡調査した結果である。

食卓に夫の座る椅子はもはやない

ダイニングテーブル(食事用テーブル)や食卓の椅子は、各家庭によっていろいろな表情を見せてくれる。私の行っている調査では、1週間21食卓すべての食卓写真を撮影してもらっているが、それがちょっと広角に写るレンズ付きフィルム(「写ルンです」)指定であるため、卓上の「食べ物」だけでなくその周りまで写しこんでしまう。

これはその食卓や椅子から見えて来た家族の話である。

「ウチはテレビに向かって一列に座る形で、本当はバラバラに散らばって別々に食べたい家族だから、みんな揃っても向かい合って座ったりしません。夫の席は全くテレビが見えなくて、動きにくい奥の狭い席です。夫は外で食べてきたり不在だったりして、家では一緒に食べないのでそうなりました」と主婦(44歳)は言う。10年前には4人掛けの向かい合うテーブルがあったが、そこで家族揃って食べる食事が一度も見られなかった家である。

別の家では、「夫の椅子は、次女が小さい頃(初回調査時)に使っていた簡易型の丸椅子です。夫はほとんど家族と食べることもないし、変な時間に帰って自分で買って帰ってきたものを食べたり、冷蔵庫を漁って食べたり、勝手に食べてるんで、それでいいんです」と主婦(54歳)が言う。

5人家族なのに椅子が4脚しかない家では「赤ん坊だった一番下の子が一緒に食べられるようになっても椅子は増やさなかったんで。だって夫はほとんどいないから。もし一緒に食べなきゃいけないときがあったら……そのときは、夫だけ別の座卓に座らせますかね?」と主婦(47歳)は首を傾げながら言う。

夫の席を尋ねる質問に、「えっ、『夫が来たとき』は……」と予期せぬ来客について語るように絶句した後、「そのときは、予備の丸椅子を出すかな?」と答えた主婦(43歳)や、同様に夫の椅子がなくなった家で「そんなときは、誰かが食べ終わるまで、(夫を)横で待たせます」とためらいもなく答えた人(44歳)もいる。

『ぼっちな食卓――限界家族と「個」の風景』(著:岩村 暢子/中央公論新社)