残念なことに、遺言書を作っていても揉めてしまうことが(写真はイメージ/写真提供:Photo AC)
あなたは、最期をどこで、どんなふうに迎えたいか、具体的に考えたことはありますか?葬儀やお墓は? 財産を誰に残したい?漠然とした考えはあるけれど、明確に意思を示したり、準備はしていない……。案外そんな人が多いのではないでしょうか。
最期まで自分らしく生ききるためにも、希望を形にして伝えておきたいものです。それは、残される人への優しさにもなるでしょう。
死の間際や死後に関わる現場で働く人が見聞きした事例には、《立つ鳥跡を濁さず》のヒントが隠れていました(構成=古川美穂 イラスト=おおの麻里)

「頑固ほど人を不幸にするものはない」(ケアマネージャー)

ケアマネの仕事に就いて15年。「頑固ほど人を不幸にするものはない」と、いつも感じています。「まだ自分でできる」という自負もあるからか、家族の手助けや介護サービスなどを「そんなものはいらない」と突っぱねる人が多いのが現状です。

通院介助の提案を拒否して一人で出かけて行くも、帰って来られず、結局ケアマネが迎えに行くことになった。

一人暮らしの伯母を心配する姪の訪問を断り続け、周りが気づいた時には認知症を発症していて、家がゴミ屋敷寸前の状態になっていた。

そういった場面に出くわすたびに、助言を素直に聞くことの大切さ、人と繋がることの重要性を実感しますね。

実際、「元気がない」「物忘れがひどくなった」など、異変に気づいてくれるのは身近な人。だからこそ家族以外に、近所の人などと積極的に交流を持っていただきたいのです。そこから地域包括支援センターや民生委員に繋がることができますから。

ひとつ、印象に残っている出来事があります。担当していた90代の女性は嚥下障害があり、何度も誤嚥性肺炎を起こしては救急搬送されていました。治療して家に帰って来るたびに弱っていく姿を見て、ご家族に「今後の治療方針について考えてみませんか」と提案すると、本人がそこで「次はもう搬送しなくていい」と伝えていました。

次に体調を崩した時、家族は本人の意思を尊重し、搬送しないことを選択。みんなが納得して、自宅で幸せな看取りができたということがありました。

「延命措置について考えておくこと」「それを周りに伝えておくこと」の大切さを実感した経験でしたね。