選手に委ねるということ

私の現在の監督業の原点とも言える出来事が1990年の8月、高校2年生のときに起こりました。

当時、在籍していた慶應義塾高校野球部の夏の大会が終わり、前監督である上田誠先生が監督に着任。

高校野球には“時間がない”。それが事実であったとしても、選手を信じて待つ姿勢こそが重要なのです(写真提供:Photo AC)

新チームが始動した当初の練習で、上田監督が次のような言葉を我々、選手たちに告げました。

「セカンドへのけん制の新しいサインを、自分たちで考えてみなさい」

この言葉は私にとって非常に印象的でした。サインは指導者が考えるもので、選手はそれに従うだけ。そういう価値観しか持っていなかった私は「そんなことをしていいんだ」と非常に驚きました。まさにパラダイムシフトとも言える瞬間でした。

その日の全体練習後の夕方、セカンドへのけん制に関わる投手、捕手、内野手が集まり、必死に議論を重ね、新しいサインを考えていきました。

気付けば、あたりは真っ暗になっており、皆、それほどまでにのめり込んでいたのです。そして数日後の練習試合で実践すると、見事に決まってアウトを取ることができました。この経験は本当にたくさんのことを教えてくれたと思います。

自分たちでサインを考えることの楽しさとやりがい、そして自分たちで決める以上、実行できなければいけないという責任感。

大げさではなく、高校野球を現役でプレーしていた当時における一番の思い出で、とても大きな転機となりました。

後年、上田先生にその意図をうかがったところ、「(サインを)自分たちで決めたほうが楽しいだろう」という返事が返ってきました。

部のテーマでもある“エンジョイ・ベースボール”と通底するものであり、実際にその後は野球が本当に楽しくなり、より追究していきたいという思いが芽生えました。