“人間扱いされない”精神病患者の現実

ようやく保護室から出られたのち、看護師を通して両親に差し入れの要望を伝えた。外聞が大事な彼らは、それを決して無碍にできない。そのことに、一抹の快感を覚えた。自分は安全な檻にいて、外に向かって好き勝手吠えるのはこういう気分かと思った。自分の性根がどんどん曲がって腐っていくような気がしたけれど、もはや止められなかった。両親は、本と一緒にプリンなどのお菓子も差し入れとして持ってきた。私は彼らとの面会を拒否し、差し入れだけを受け取った。

兄と姉は、風邪をひくといつもプリンを食べさせてもらっていた。私はそれがひどく羨ましかった。蘇る記憶が優しくないことに疲弊する。優しい記憶ほど薄れやすく、痛い記憶ほど残りやすい。そんな脳の構造をつくった神様を恨みながら、本の頁をめくった。

物語は、チャーリイが記す「けえかほおこく」を追う形で進んでいく。知的障害を持つチャーリイは、昼間はパン屋で働き、夜は支援センターで勉強に励む日々を送っていた。そんな彼に、ある日夢のような話が舞い込む。大学の教授が、手術で知能を高めてくれるというのだ。さまざまな試験にパスしたチャーリイは予定通り手術を行い、目覚ましい知能の発達を遂げる。だが、それと同時に彼は多くのものを失っていく。

「アルジャーノン」は、治験用のネズミの名前だ。同じ手術を受け、「経過観察」という名の監視が続く日々の中で、チャーリイはアルジャーノンに親近感を抱くようになる。

物語の序盤、チャーリイの障害に付け込んで彼を嘲笑う人々に腸が煮えた。まるで、自分が笑われているかのようだった。「できないことが多い」だけ。「わからないことが多い」だけ。それだけで、人は簡単に人に指をさす。

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精神科の閉鎖病棟の中でも、ヒエラルキーは存在する。頂点は、言わずもがな医師と看護師である。私たち患者と彼らの立場は、決して対等ではなかった。拘束衣を着せられた上、ベッドに固定バンドで縛られた人が、「背中が痒い」と喚く。その患者のベッドは個室ではなく、ナースステーションの真ん前に置かれていた。そこが一番目が届きやすいから、というのが理由だった。それなのに、痒いところを掻いてもらうことさえできず、その人は夜通し叫び続けていた。その女性は、アトピー性皮膚炎を患っていた。

叫び続ける患者を眺める看護師の中に、笑っている人がいた。どうして笑うんだろう。どうして、叫んでいる人を見て笑えるんだろう。

“大学に行けるくらい利口だからってぼくをからかっていいってことにはならないんだ。もうみんなに笑われるのはたくさんだ、うんざりだ”

医療を学んできた人間が、精神を病んだ人間を笑う。そういう人が白衣やナース服に身を包んでいることが許せなかった。