医療者にも根強く残っていた「優生思想」

過去、この国には「優生思想」という悪しき概念がはびこっていた。私が入院していた地元の閉鎖病棟は、その名残が色濃く残る場所であった。

「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止する」――「優生保護法」第一条のお題目に沿って、遺伝性疾患、精神障害、身体障害など、多くの人々が強制不妊手術を強いられた時代があった。何らかの障害や病を抱える人は、「生まれる権利」も「子を産む権利」もない。そんなデタラメな理論が、国が定めた法律によってまかり通っていた。そのことに起因して、あらゆるところで障害者に対する差別が横行した。令和の現代でさえ、愚かな差別感情が「無くなった」とは言い難い。

閉鎖病棟に入院する人のほとんどが、複雑な事情を抱えていた。ある人は、「一生ここから出られない」と泣いていた。「私の頭が悪くてダメだから、家に帰ったらダメだから、ここでお利口さんにしていればお母さんがお菓子を持ってきてくれるの」と、そう言って泣いたり笑ったりしていた。「ダメじゃない」と言いたかった。でも、それは偽善のような気がした。

「ダメじゃないなら、どうして私はここから出られないの?」

そう聞かれたら、どう答えていいのかわからない。だから、黙って頷いた。

“もしおまえの頭が良くなったら話す友だちがたくさんできるからおまえわもうずーっとひとりぼっちじゃなくなるんだよ”

頭が良くなれば、周りの人と仲良くできる。友だちがたくさんできる。悲しい思いをしなくてすむ。チャーリイは、そう考えた。しかし、チャーリイが手術を望んだ最大の理由は、母親との関係にあった。

“私は、母が笑うのを見たかった、私が母を幸福にできる人間になったのだということを知ってもらいたかった”

チャーリイの母は、彼の知能を「周りと同じ水準に引き上げること」に必死だった。それゆえ彼の障害を認めず、「怠けている」と叱責し、体罰を加えた。挙げ句、生まれた妹が健常者だったことが判明するやいなや、チャーリイを遠ざけるため彼を家から追い出した。

障害者の家族や兄弟児の苦悩を、このときの私はまだ理解できていなかった。ただ、物語の中でチャーリイの母が叫んだ一言を目にしたとき、心がひどく揺れた。

“じゃあ、どうしてあたしを助けてくれないの?あたしはみんなひとりでしなくちゃならない”

「どうしてあたしを助けてくれないの?」

似たような台詞を母から言われたことがあった。子どもが3人いて、父親は酒とパチンコに湯水のように金を使い、末の娘の身体を性的玩具にする人で、そういう人間が夫で、母の脳内には「離婚」の選択肢がなくて、でも、誰にも助けてもらえない。母もまた、少しずつ壊されていった人間だったのかもしれないと、そのときはじめて思い至った。