渡辺徹さん(中央)と、長男の渡辺裕太さん(左)、榊原郁恵さん(右)

家族で過ごしたかけがえのない時間

僕の進路について父は何も言いませんでした。高校時代に授業を通して演劇の楽しさに目覚め、大学卒業後に「芸能界で活動することに決めた」と父に伝えたら、「そうか」と淡々と受け止めていた。

「一流の人たちからできるだけたくさんのことを学べ」「目の前にある仕事に感謝して精一杯に取り組め」とアドバイスしてくれました。でも周囲の人には、「俺の背中を見ていてくれたんだよ」と嬉しそうに話していたそうなのです。

確かに、両親と街を歩いていると、握手を求めてくださる方がいて、こんなふうに人に喜んでもらえる仕事って素敵だなと子ども心に感じていたし、役者としての父に憧れてもいました。

でも実のところ、僕ら兄弟は、ごく普通の環境で育てられたので、日常生活で芸能の世界を感じることはほぼなかったんです。本当に、普通すぎるくらい普通の家庭だったので(笑)。その点は両親に感謝しています。

食事と言えば、食卓をめぐる両親の諍いが激しかったんですよねぇ。父が「なんで俺のはこんなに少ないんだよ」と文句を言うところから始まって、次第にマジなトーンになっていくのが常。僕は「お父さん、朝からちゃんとキレてる」と思って見てました。すぐに仲直りすることもわかっていたので、不安になることはなかったんですけど。

これは近年になってからの話ですが、家族旅行での夕飯時に父が母にチューをせがんで、母が「しょーがないわねぇ」とか言いながら……。いや、やっぱりこの話はあんまり思い出したくないです。(笑)

26歳で一人暮らしを始めた時、つくづく家族って温かい存在だったんだなぁと思いました。といって二度と一緒に暮らすことはないだろうと考えていたのですが、コロナの緊急事態宣言が発令されたのを受けて実家に戻り、1ヵ月間くらいだったでしょうか。

期せずして家族で過ごした日々がかけがえのない思い出になりました。子ども時代のお正月みたいにトランプをしたり、庭のパラソルの下で朝食を食べたり、みんなでゴルフのパターの練習をしたり……。