曲をマスターするには独自の工夫と練習が必要
「ピアノで私のこころの音を伝えられる」——そう強く思えるようになった背景には、恩師の存在がある。16年前、宮崎学園短期大学で指導を受けて以来、ずっと師事している田中幸子先生(現・宮崎国際大学教授)との出会いにより、あすかさんは救われ、心にも大きな変化が生まれた。
「私は、そのときの自分のこころをそのままピアノの音に出してしまう。だから、みんなと同じように、教えてもらった通りの音で弾けない。でも先生は、あなたの音は素敵ね、と言ってくれた。あなたは、あなたのままでいいのよと。先生は私を否定しなかった。ああ、この人は味方なんだなって思いました」
あすかさんは図形の認識が不得意で、譜面を読むのも苦手。人の顔も覚えられず、雰囲気や声で認識しようとする。変化があることに不安を感じ、日々の生活も同じパターンが続くことが、「安心サイクル」なのだ。
そんなあすかさんにとって、曲をマスターするには独自の工夫と練習が必要だ。リサイタルをはじめ、プロのピアニストとしての活動は、慣れない場所、いつもと違う環境で、初めて会う大勢の人たちとかかわらなければならないなど、苦手なことだらけである。
「そこは、ものすごく努力家なんですよ」と言うのは、あすかさんを長年、見守ってきた編集者の高橋克桂さん。あすかさんのCDブック2冊を手がけ、7年間の密な交流のなかで、あすかさんの変化を見てきた。
「いろいろなことができるようになりました。あるとき、イベント会場で本やCDにサインを求められると、怯えて固まってしまったことがあった。ところが1週間後、『自分のサイン、できました』と。苦手なはずなのに、『やらなくちゃ』と一所懸命にサインのデザインを考えたんでしょうね。今は200人以上の大行列でも、つらいとも言わず、サインと握手をしています。インタビュー取材も、ステージでのスピーチもできるようになりました。プロとして活動するためには、苦手なことも克服しなければと思っている。彼女にとっては、相当に努力し、頑張ってやっていることなのです」
上京するときは、地元の宮崎空港まで父親か母親に車で送ってもらうものの、飛行機内ではひとり。
——不安ではなかった?
「飛行機が揺れるたびに隣の席の人に抱きついて、すごく怒られたことがあります。揺れが怖くて泣くと、客室乗務員さんが『こんなにか』というくらいアメをくれます(笑)。この頃は、乗る機会が多くなって、慣れてきました」(あすかさん)