苦しいなかでも、伝えられることがある
少しずつ、できることが増えてきた娘のことを、母の恭子さんはどう見ているのだろう。
「私は高校の教員として働いているので、あすかのそばについていられないことも多い。彼女がひとりで行動することには心配な面もたくさんありますが、手を差し伸べてくださる方が大勢いることが、私たちの安心につながっています。障害を公にすることで、一歩前に進むことができるのだと今は感じています。そういえば、私たち夫婦が、障害という現実を受け入れられずにいたとき、障害者手帳をすぐに申請したいと、あすかから言い出したのです」
今、恭子さんの心配はあすかさんの体のこと。
「これも発達障害の特徴だと思いますが、ピアノに向かうとそれだけに集中し、食事もせずに一日中、弾き続けるのです。体を壊さないよう注意し、サポートしていかなければ、と思っています」
あすかさん自身は、障害との向き合い方をこう説明する。
「障害を乗り越える、というのとはちょっと違う。乗り越えて『バンザ〜イ』となると、苦しみや悲しみ、私が人にかけてきた迷惑だとか、自分の悪いところを全部、忘れてしまう。人に悲しい思いをさせたことを忘れず、それを音楽にのせることで、救われる人がいるんじゃないかな。このまま苦しいなかでも、伝えられることがあるのでは、と思います」
「そのときのリサイタルがうまくいっても、次はもっと届くように頑張りたいといつも思います。だから、たくさん練習したいし、拍手をもらうと、また次もやりたいと思う。拍手は、『上手だったよ』じゃなくて、『よくわかったよ』『伝わったよ』の拍手だと思うから、嬉しいです」
——これから目指すものは?
「私のピアノを聴いて、今、すご〜く悲しすぎて涙も出ないという人が、一粒だけ涙を流せたり、幸せだなと感じている人が、もっとニッコリできたり、そんな音楽をつくったり、弾いたりしていきたいです」
人とのコミュニケーションが苦手なあすかさんが、ピアノで人とつながり、聴く人が喜んでくれることが、あすかさん自身の生きる力ともなっている。これからも、「ありがとう」「しあわせ」といった“こころの音”が、たくさん届けられることだろう。