ハワイという名の大浴場
正直なところ、ハワイという場所には数年前までまったく興味がなかった。旅には徹底したアウェイ感を求めてしまう性格上、年間150万人以上もの日本人が訪れるような“困らない”土地には魅力を感じなかったからだ。私が過去に訪れた太平洋の島々は、どこも2日以上かけなければ辿り着けないような僻地ばかりである。私だけでなく、夫も母も全員旅にはこうした“余所者(よそもの)”的感覚を求めてしまうので、ハワイのような大観光地には一生行くことはないだろうと確信していた。
ところが今から5年前、異変が起こった。当時、シカゴの高校に通っていた息子の進学先が、ハワイに決まったのである。厳密に言えば、本当は入学金も支払い、寮まで決めていたはずの本土の工科大学を急遽キャンセルし、ハワイ大学の工学部に進路を変更したのだ。
米国の場合、高校時代の成績の水準に見合ったものであれば、複数の大学に入学願書を送ることが許される。息子は本命の大学とは別に「まあ、行くことはないけど一応」という軽いノリでハワイ大学も選んでいたのだが、合格通知が届いたことを高校の学長に報告すると、「君にはどうもハワイの風土が合っていそうだ」と勧められたのだという。ちょうど春休みだし旅行も兼ねてと夫と2人でハワイ大学の視察に出かけ、到着2時間後に私の携帯に電話があった。「ハワイ、素晴らしいよ。最高だよ。僕はここで暮らします」
送られてきた写メには、白いプルメリアのレイを首にかけて満面で微笑む息子と夫が写っていた。すっかりハワイに魂を抜かれた表情だった。まあ、所詮息子の人生なのだから、どこで何をしたいかを決めるのも息子である。好きにしなよと答えると、2人は速攻で入学手続きを整え、その年の夏から息子のハワイ暮らしが始まったのである。
それからというもの、気がついたら私は時間さえあれば足繁くハワイへ通うように。どんなに忙しくても、ハワイに行く時間だけは問答無用に捻出するようになっていた。「ヤマザキさんがハワイにはまるなんて、どういうこと!?」と私の旅の嗜好を良く知る人には驚かれるが、理由はいたって簡単である。ハワイには日本の温泉地と同じリラックス効果があることに気がついたからだ。ハワイは自然も気候も申し分がない。それに加えて、私はハワイにバカンスで訪れている人々の様子が気に入ってしまった。プロレスラーのような体軀に派手なタトゥーをほどこした髭面のおやじが、公園で餌をついばむ小鳥を「オウ♡」と歓喜していつまでも優しい眼差しで見つめていたり、ビーチに寝そべる人の緩んだゴム紐のような一切合切の緊張から解放された表情といい、要は温泉の大浴場で、一緒に湯船に浸かっている人たちを眺めるのと、同じ効果があることに気がついたのである。癒やされている人々には、同時に周りの人を癒やす力があるらしい。
残念ながら息子は今年の5月にハワイ大学を卒業してしまい、もうこれまでのようにハワイへ何度も通う口実はなくなってしまった。でも、また気が向けばひとりでも、あの島という体をした大温泉に浸かってこようと思っている。