利他も自己顕示の手段にしてしまうのが人間

世の人間もこのクマのように自己を省み、寛容な利他性を発揮できる能力を備えていればいくらか平和な社会になるはずなのに、というのが絵本を読み終えた後の率直な感想だった。

私たちは自分たち人間という種族の性質を、時々このようなかたちで、動物の図鑑を眺めるように客観的に認識する必要があるように思う。

なにせ人というのは、生きていることを正当化したくて仕方のない生き物である。生まれてきた任務として社会で役立つことを求められ、そんな自分の存在を周囲に肯定してもらいたいがために似非の正義を振りかざし、他者を踏みつけにしてでも自己正当化に躍起になる人もいる。

兵士であるクマにとって剣は悪を倒すための正義の武器だが、結果的には自己顕示欲を満たすアクセサリーと化し、周りに苦しみや被害をもたらす要因となっていた。

戦争、環境破壊、そして凶暴性を増すばかりのSNSでの誹謗中傷。

今の社会で問題視されている事象の多くがこの主人公や、彼の振るう剣の力を想起させるが、現状では彼のように自省モードにスイッチを切り替える人などほとんどいない。クマの兵士と違って、利他も自己顕示の手段にしてしまうのが人間という生き物なのである。

大人である私はついこんな屈折した解釈をしてしまうが、子どもたちにとっては、人として生きていくうえで、どんな時にも大事な何かを教えてくれる一冊となるだろう。

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