一方、母の料理はいわゆる家庭料理だ。でもこれはこれで絶品。トロトロになるまで煮込んだ茄子のお味噌汁、部活の試合の日のお弁当に必ず入れてくれた縁起担ぎのささみカツ、そしてコンビーフとじゃがいもを塩コショウで炒めた一品。
あまりにおいしくて、「これってなんていう料理なの?」と聞いたことがある。すると母は、「やっちゃん炒め」と答えた。家にある材料でチャッチャと作ったものだから、自分の名前「やすこ」から命名したらしい。
さらに母は、「おいしいだけじゃないからね」と笑う。「こだわりは、コレ」。指さしたのは小皿に載ったほうれん草のお浸しだった。「気づいてた?お母さん、必ず緑の小皿を出すようにしているの」。
確かに、思い返せばサラダやお浸しなど、わが家で「緑の小皿」が並ばない日はなかった。家族に野菜を食べさせるというのが、母の愛情の証なのだろう。
私が高校生の時、珍しくビーフシチューが食卓に上った。懐かしいおばあちゃんの得意料理。けれど、お肉のやわらかさや、シチューのコク、じゃがいものホロホロ具合は、祖母のそれと少し違っていた。
「おばあちゃんのほうがおいしいな」。つい口にした私に、母は一瞬黙り、「悪かったわね」と一言だけ。悪いことを言ってしまった……。私は罪悪感でいっぱいになった。というのも、母は祖母に料理を習えなかったという話を知っていたからだ。