頭のないエノキとボコボコのリンゴ
祖父が亡くなって、祖母が働きに出るようになり、母、叔父、叔母のきょうだいは、それぞれ別々の親戚の家にしばらく預けられていたそうだ。忙しい祖母とはたまにしか会えなかったという。
祖母から料理を学ぶ時間のなかった自身の苦い経験から、母は私が小さい頃からよく料理の手伝いをさせた。おでんの出汁は、鶏の皮からとる。余分な脂を濾して作るのだが、そのキッチンペーパーを持つ係が私だ。
けれど私は、お米のおかずにならないおでんに一切興味がなかったから、キッチンペーパーがちぎれて土鍋に沈もうがお構いなし。お味噌汁の出汁をとる時だって、硬い鰹節を削り器で削るのだと教わりながら、私はテレビに夢中。作業はすぐに兄にバトンタッチされた。どんなに優秀な教師がいても、生徒にやる気がなければどうしようもないのである。
母の努力もむなしく、いっさい料理をすることなく大学生となった私は、ある日友人たちと鍋パーティをすることになった。私は野菜を切る担当を任されたが、いざ食べようとなったその時……ある男子が、鍋の中から頭のないエノキの胴体の塊を発見しこう言った。「お前、料理したことないだろ」。私も、確かにわが家の鍋にはこんな状態のエノキは入ってなかったな、と思うのである。
そんな出来事を家に帰って両親に話した。台所で夕食後のデザートにリンゴを剥きながら聞いていた母が、おもむろにリンゴと包丁を私に渡すと「剥いてみな」と言う。もちろんうまく剥けるわけがない。
ところどころ皮が残ったボコボコのリンゴ。普段から娘に甘い父は、リンゴの姿かたちのことは一切口にせず、「まりちゃんが剥いてくれたんだ!」とむしろ嬉しそうである。