文化庁が発表した令和2年度「日本の食文化等実態調査」によると、「母親や祖母・姑などから伝わった『わが家の伝統料理』がある」人の比率は、1998 年の 25.0%から、2018 年には 18.5%と全体の2割を下回ったとのこと。一方で「伝統料理など、地域や家庭で受け継がれてきた料理や味、箸づかいなどの食べ方・作法を受け継いでいる」とする人は全体の7割近くとなっており、2016年調査以降、概ね上昇傾向と言います。毎日のおうちごはんや楽しい晩酌。そこには家族の絆の物語があります。吉田まりこさん(仮名・東京都・フリーランス・51歳)は子どもの頃、ハイカラな祖母の料理を食べるのがとても楽しみだったそうで――。(イラスト=あなんよーこ)
母を傷つけたビーフシチュー事件
祖母の料理はハイカラだった。昭和50年代、小学生だった私は、祖母の家に泊まりに行くたび作ってくれる、大きな牛肉の塊が入ったビーフシチュー、表面がカリカリで中はトロトロのえびグラタン、縁がカリッと焼けたベーコンエッグを食べるのが楽しみでしかたなかった。
祖母と、その息子である叔父が住んでいたのは、都会の瀟洒な住宅ではなく、年季の入った公営団地の2LDK。昭和の庶民の家だ。そんな環境でどうして本格的な洋食を作れたのか?
中学生の時、その理由を母が教えてくれた。「早くに亡くなったおじいちゃんがね――」。東京帝国大学を卒業した祖父は英語が得意で、戦後はGHQで働いていたそうだ。
母は手にしたカップを揺らしながら、「コーヒーが好きだったんだって。だからお母さんのコーヒー好きは遺伝なんだよ」と少し自慢げに笑う。洋食好きな祖父のためのメニューは、祖母の愛が込められた料理だったのである。