松竹座の楽屋口へ通い詰めた
ところが「願書を出してきた」は咄嗟についた嘘だった。しかもその時は生徒を募集していなかった。度胸千両の静子は、伝もないまま松竹座の楽屋口へ向かった。楽劇部の事務員に、楽劇部に入りたい旨を話すと、当然のことながらケンもホロロ。追い返されてしまった。
しかし、このままでは芸妓屋に奉公しなければならない。なんとかせねばと、静子は毎日、毎日、松竹座の楽屋口へ通い詰めた。
数日後、静子の熱意、パワーに気圧された楽劇部の事務員は、奥の事務室に静子を案内した。そこには、痩身の中年紳士がいて、静子の話を聞いてくれた。その紳士は松竹楽劇部の音楽部長・松本四郎(四良)だった。
「わては宝塚でハネられたのが残念だんね。こうなったら意地でも道頓堀で一人前になってなんぼ身体がちっちょうても、芸に変わりはないところを見せてやろう思いまんね」と静子は思いの丈をぶちまけた。
松本部長は呆れ気味に、静子を見つめて「よう喋るおなごやな、そんなに喋れるのやったら、身体もそう悪いことないやろ。よっしゃ、明日から来てみなはれ」とその場で松竹楽劇部生徒養成所への入所が決まった。