詩人の伊藤比呂美さんによる『婦人公論』の連載「猫婆犬婆(ねこばばあ いぬばばあ)」。伊藤さんが熊本で犬3匹(クレイマー、チトー、ニコ)、猫3匹(メイ、テイラー、エリック)と暮らす日常を綴ります。今回は「さよなら、谷川俊太郎さん」。谷川さんと「死に就いて」の対談を切望していた伊藤さん。谷川さんのある一言で対談が叶ったそうで――(画=一ノ関圭)
あたしはこの夏、ボイストレーニングのレッスンに通った。なぜそんなことをという経緯は省略する。レッスンの前に、歌いたい曲を一曲選んでくださいと言われた。ちょうど対談集の『ららら星のかなた』を作っているときだったから、頭の中が谷川俊太郎だらけ、それで「鉄腕アトム」にした。昔々アメリカのどこか、誰かの家のパーティーで、谷川さんと「鉄腕アトム」をデュエットした。うまく歌えたとは言いがたい。いつかリベンジしたいと思っていた。
だいぶ前からあたしは、死について考えているに違いない高齢の人々に聞いてまわっていたのだった。石牟礼道子さん、山折哲雄さん、寂聴先生で、それぞれ対談本にした。
「そのうち死についてインタビューさせてもらえませんか」と谷川さんに言ってみたことがある。二〇一〇年のことだ。「いいですよ」と谷川さんは答えたが、一瞬置いて「でもそのときその気にならないかもしれないよ」。口調が鋭かったのであたしはひるんだ。
時間は経ち、その間にも谷川さんとは、何度もいっしょに朗読したり対話したり。二〇二〇年には『婦人公論』本誌で対談をした。話はもう少しで死に及びかけた。もうひといき、これなら「死に就いて」の対談ができるかもしれないと思った。ところが編集者が本の企画を、あと十時間ほど対談してこれこれこういう章立てでと打診したら、そんな大層なことはやりたくないと断られてしまった。