
パカン!
50代の時、夫とのイタリア旅行の最終日、ホテルのシャワー室で突然背中が痛くなった。筋でも違えたのかしらと思ったけれど、妙に息苦しい。運よくツアーのなかに看護師さんがいたので相談したところ、フロントから熱いタオルを届けてもらい、体を温めてくれて少し楽になった。
帰国してすぐに空港から救急車で大きな病院に搬送され、解離性大動脈瘤と判明した。「よくこの状態で13時間も飛行機に乗れましたね。奇跡的です。ゆっくりのんびり治しましょう」という優しい先生の言葉にひと安心。左肺全体に溜まっていた水は、1ヵ月間安静にすると見事に消えた。
それからは大きな病気もせず生きてきた。ところが先日、狭心症と心臓の僧帽弁の不具合が見つかり、手術をすることに。自覚症状はなかったが、精密検査で判明したのだ。
狭心症のほうはカテーテルでステントを入れてもらうと、無事に血管が太くなった。その後、僧帽弁の手術について心臓外科の先生と相談した。
「先生、体にメスを入れられるのは初めてなんですが、きっと痛いんでしょうね」「大丈夫、全身麻酔だから少しも痛くないですよ」。
先生はそれから、胸の前で合掌した手を広げ、「『パカン!』と開けて手術します」と言った。あまりに明るい口調と間の抜けた動作に、私は思わず笑ってしまった。それからは人に手術のことを話す時、その仕草をまねることで、明るい気持ちでいることができた。
手術の前日から翌日まで付き添ってくれたのは、息子の妻。無事に手術が済んだ後には10日間の入院中に必要なものを買ってきてくれ、面倒見のよさに感じ入ってしまう。
若い先生に支えられて、術後3日目からリハビリを開始。退院後も筋力をつけるため、自転車を1日10分間漕いでいる。胸をギプスで圧迫されているのはつらいけれど、「日にち薬、日にち薬」と自分に言い聞かせて。定期検査でも「パカン!」の先生は相変わらず明るく、深刻にならずに済む。いい先生に出会ったものだと感謝している。