肺の健康維持に朗報！　いま注目される〝糖鎖〞の知られざる力とは｜健康

私たちの体を作る重要な成分「糖鎖」。全身の健康維持に大きく寄与していますが、先ごろ、肺の機能維持に関する新たな研究成果が発表されました。糖鎖の役割について、糖鎖研究を牽引する徳島大学大学院の宇都義浩教授に話を聞きました

糖鎖は全身状態を正常に
保つカギ

2023年末、歌手の八代亜紀さんが間質性肺炎で急逝されました。間質性肺炎は高齢化とともに患者数が増加しており、いまだ原因不明の難病。そんな病に対して「糖鎖（とうさ）」という体内物質がよい働きをすると示唆する研究結果が発表され、話題になっています。

そもそも「糖鎖」とは何なのでしょうか。

「糖鎖とはグルコースやガラクトースなど8種類の〝単糖〞が鎖のように連なったもので、私たちの体を構成する重要な成分です。遺伝子（DNA）、タンパク質（アミノ酸）と並んで〝第3の生命鎖〞とも言われます」と、徳島大学大学院の宇都義浩先生は説明します。

私たちの体内にある約60兆個もの細胞の表面から、ニョロニョロと顔を出す糖鎖。8種類の単糖を自在に組み合わせ、形も個数も変えて、細胞全体を産毛のように覆っています。この複雑な形状によって、細胞の情報を細胞の外、つまり体内に伝達しているのです。

「細胞表面の糖鎖が健全に機能していれば、ウイルスや細菌が侵入したときに免疫系が早い段階でキャッチして、感染前に阻止できます。逆に糖鎖不足で情報伝達が正常に行われないと、免疫系が異物に気付かず、容易に感染に至ってしまいます」（宇都先生。以下同）

糖鎖不足は代謝異常、ホルモンの乱れ、肌トラブル、認知症などを誘発することも。「糖鎖は、全身を正常な状態に保持することに深く関与しているのです」と宇都先生は強調します。

私たちの健康に不可欠な糖鎖ですが、今、現代人の細胞表面を覆う糖鎖は減少し、必要量の40％が不足しているそうです。主な原因は過度のストレス。また、体調不良や病気によって体が衰弱すると糖鎖が減少することもわかっています。紫外線、アルコール、抗がん剤などの薬剤によって産生される活性酸素も、糖鎖減少の一因に。さらに、摂取した栄養素を単糖に合成する肝機能が低下していると、単糖を十分に作り出せず、糖鎖不足を招きます。この不足を補う手立てはあるのでしょうか。

サプリメントを賢く
取り入れて

糖鎖を形作るのは、下図にある8種類の単糖。これらが複雑に絡み合って糖鎖を形成するため、8種類すべてが必須です。単糖の素となる栄養素は食品から摂取しますが、マンノースなど摂取が難しい栄養素も多いうえ、加齢や衰弱で肝機能が低下していると、単糖への合成自体が困難に。

「バランスのとれた食事が基本ですが、補いきれないときは、8種類の単糖を細胞膜と同じ構造の膜で包み込んだ『リポソーム化糖混合物』をサプリメントで摂取する方法も」

「リポソーム化」とは、細胞膜と同じリン脂質の二重構造の膜に内容物を閉じ込めて、体内に吸収されやすくする製法。医薬品や化粧品に広く活用されています。「単糖は極性が高く細胞膜を通過しにくいので、そのまま摂取すると腸管細胞に取り込まれず、体外に排出されてしまうこともあります」と宇都先生。しかしリポソーム化することで膜同士が融合し、腸管細胞に直接取り込むことが可能に。つまり、8種類の単糖がしっかり腸管細胞に届くのです。

先ごろ、この「リポソーム化糖混合物」が間質性肺炎の改善を促す可能性を示唆する研究結果（マウス実験）が第76回日本生物工学会大会で発表されました。間質性肺炎は、肺胞の周囲（間質）が線維化して硬くなり、肺胞が十分に膨らむことができず、酸素不足を招く難病。間質性肺炎のマウスが、糖混合物（8種類の単糖）を摂取した場合と、リポソーム化した糖混合物を摂取した場合に分けて、線維化した肺組織の変化を観察したところ、糖混合物を摂取したマウスでは線維化が若干改善され、リポソーム化した糖混合物を摂取したマウスの肺は、正常時に近いまでの改善が見られたのです。（写真参照）

肺組織の切片の変化 — 間質性肺炎を起こした状態（BLM）の肺切片（線維化している）が、リポソーム化糖混合物の投与によって、正常時と同じくらいに線維化が改善していることがわかる

「間質の線維化には、白血球の一種であるマクロファージが関与しています」と宇都先生。マクロファージには、体内に侵入した異物を攻撃するM1と、炎症を鎮めて組織を修復するM2の2種類があり、両方がバランスよく働くことで免疫系の役割を果たします。ところが、何らかの理由でM2が過剰になり、組織修復のためにコラーゲンやタンパク質が産生されすぎると、それらが沈着して間質が線維化。間質性肺炎に至るのです。

「今回の研究結果から、リポソーム化した糖混合物がマウスの体内に取り込まれて糖鎖となり、過剰に働くM2を鎮めてM1へ移行。M1とM2のバランスを調整したことで線維化の改善を促したと考えられます」

まだマウス実験の段階ですが、間質性肺炎を改善できる可能性があるという朗報。今後の進展が期待されます。