相手と同じテンションで「ホント、ホント。久しぶり」と返すのだ。すると相手は…(写真:stock.adobe.com)
時事問題から身のまわりのこと、『婦人公論』本誌記事への感想など、愛読者からのお手紙を紹介する「読者のひろば」。たくさんの記事が掲載される婦人公論のなかでも、人気の高いコーナーの一つです。今回ご紹介するのは大阪府の50代の方からのお便り。人の顔と名前を覚えるのが苦手なことから、ある必殺技を編みだしたそうで――。

私の必殺技

職場に新しい人が入ってくる時期。人の顔と名前を覚えるのが苦手な私にとっては、恐怖の始まりだ。しかも困ったことに、逆に人からは覚えられやすいみたい。そのため、誰だかまったく思い出せない人と、知ったフリをしながら会話する技術を身につけた。

3年前の夏、知らない女性から「むらかみさん。お久しぶり」と声をかけられた。私は相手が誰だかまったく思い出せず。だがここで怯んではダメ。相手と同じテンションで「ホント、ホント。久しぶり」と返すのだ。すると相手は「リサちゃん、元気?」と来る。リサはうちの長女だ。「もう2児の母よ。そっちはどうなん」。

――そっちはどうなん。これが私の編み出した必殺技だ。「そっち」と聞くことで、ヒントを聞き出すのだ。「ああ、ユウコ。あの子結婚すらまだやもん。孫は遠いわ」「今時は結婚も出産もみんな急がんから、大丈夫やって」「そうは言うけど、親としては心配やわ」「ユウコちゃんなら心配ないよ」「そうだといいけどね。ありがと。リサちゃんによろしくね」。

近くで見ていた知り合いに、「誰かわからん人とよう話せるわ」と感心された。

この困った遺伝子は、下の娘のユカにも受け継がれたようで――。

彼女が幼稚園の頃、私が園にお迎えに行った日のこと。玄関前で赤ちゃんを抱っこした知らないママに向かって、ユカが5歳ながらにお愛想したのである。

「こんにちは。おばちゃんちの赤ちゃん、かわいい。お名前、何ていうの?」「ふみの、って言うのよ」「ふみのちゃん。かわいい。あ、カバン忘れた。取ってくる」

走り去る娘の後ろ姿を眺めながら、立派に成長したもんだ、と感慨にふけっていると、そのママに話しかけられた。「あの、ユカちゃんのママですか?」。

娘の名を知っている。まさか、私も知っている人か? わからない。体が強張る。

「ユカちゃん、本当にいい子で、何ヵ月も前から毎日あいさつしてくれるんです。そのたびにこの子のことかわいいって言ってくれて」

知っている人ではなさそうだ。安心していると、そのママは両手で赤ちゃんのおしりを優しくたたいて、一息置いて言った。

「でも、毎日この子の名前を聞くんです」

何も言えなかった私。ユカは今、結婚して上海にいる。私のように苦労していないだろうか。


※婦人公論では「読者のひろば」への投稿を随時募集しています。
投稿はこちら

※WEBオリジナル投稿欄「せきららカフェ」がスタート!各テーマで投稿募集中です
投稿はこちら

【関連記事】
定年退職して6年。夜中に目が覚め、お肌がかさつき、体力は落ち…それでも「60代はこれからだ!」と私に元気をくれたのは、ふと目にしたお店の名前
普段鳴かない愛犬が明け方吠え始めた。隣で眠る夫の横を見たら…【2025編集部セレクション】
施設のテレビで見たイチローの米国野球殿堂入り。変わらぬ愛妻家ぶりに、「イチローさんちと一緒だもん」と得意気に言った昔の自分を思い出し