子どものころに出合った、奇妙な光景やぞっとした出来事…大人になった今でも「あれはなんだったんだろう?」と記憶に残っている不思議な体験はありますか。今回は、作家・蛙坂須美さんが体験者や関係者への取材をもとに綴った実録怪奇譚『こどもの頃のこわい話 きみのわるい話』から一部を抜粋し、追憶の怪異体験談をお届けします。
猿なし猿まわし
康介さんが小学校高学年の頃というから、いまから三十年ほど前の話。
彼が生まれ育ったのは、高度経済成長期に開発された郊外型のニュータウンである。
坂の多い土地は野山の風情がその名残をとどめており、子供たちの遊び場も多かったそうだ。
その日、康介さんは六、七人の友人たちと一緒に下校していた。
小学生の男子らしい悪ふざけに興じながら、自宅への道をだらだらと歩いていく。
その途中で、どこからか太鼓の音が聞こえてきたのだという。
祭りで使うような大太鼓の音ではない。タタタン、タタタン、と小刻みに響く音だ。
どこかにチンドン屋でもいるのかな?
康介さんはそう思い、
「これ、太鼓の音だよね?」
と友人たちに問いかけたが、反応はまちまちである。
「たしかに太鼓だ」
と頷く者もいれば、
「そんな音は聞こえない」
と主張する者もいる。
あらためて耳を澄ましてみると、音の出どころは近くの公園らしい。
「誰か太鼓の練習でもしてるんじゃない? ちょっと見にいってみようぜ」
康介さんの提案に全員が同意し、彼らはぞろぞろと公園の入り口を目指した。
そこはどこにでもあるような児童公園で、遊具といえば、すべり台にブランコ、ジャングルジムが置かれているきりだ。
そのジャングルジムの上に、おかしな人物が腰掛けていた。
ラクダシャツに黒い法被を羽織り、下半身はステテコに雪駄履き。
どこか縁日の香具師(やし)を思わせる恰好の男である。
チンドン屋との予想はそう外れていないものの、周囲にはその男以外、誰もいない。
男は手に持ったバチで首から下げた赤革の締め太鼓を、タタタン、タタタン、とリズミカルに叩いている。
おまけに男は、能か狂言で使うような猿の面をつけていた。