引き継がれてきた音に感謝を
新型コロナウイルスの世界的パンデミックが起きてから、人々の心に言い知れぬ不安や恐れが広がっているように感じる。ライヴやコンサートの中止が相次いでいるが、そんなときこそディスクに「癒やし」や「温かさ」を求めてみてはいかがだろうか。今号では、この春に私が“助けてもらった”と実感した3作品を紹介したい。
まず、シンガー・ソングライターとして1970年代から今日まで第一線で活躍してきたジェイムス・テイラーの新作《アメリカン・スタンダード》である。スタンダード・ナンバーとは、ミュージカルの創成期から50年代までに作曲され、歌い継がれてきた歌のこと。自ら作詞・作曲するジェイムス・テイラーが、オリジナル曲をあえて封印し、アメリカが誇る美しいナンバーの数々を歌っているのだ。そこには無私の愛があり、母国への最も優しい形の提言があった。
「このアルバムに収めた楽曲は、子どもの頃にぼくが“初めて耳にした音楽”ばかり。メロディを覚え、ギターで弾いていた当時のアレンジが土台になっているんだ」、そうジェイムスは語る。今作の編成は彼のギターを中心に、サックスやコーラスが入るシンプルなもの。そしてなにより、ジェイムスの歌声は優しく、柔らかく、聴く者を慰撫する。たとえば、サミー・カーン作詞の〈ティーチ・ミー・トゥナイト〉では、ホーンセクションが明るい雰囲気を醸し出し、ジェイムスが「今夜教えて」と歌っている。そんな甘い歌詞をいやらしくなく歌えるおじさんは、世界で彼だけだろう。ボサノヴァ調にした〈ザ・ニアネス・オブ・ユー〉も、どこまでも温かいのだ。
パーヴォ・ヤルヴィ(指揮)NHK交響楽団
ユニバーサル 2600円
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ベーシストという以上の大いなる才能
次に紹介するベン・ウィリアムスは、若手No.1のジャズ・ベーシスト。日本では、渡辺貞夫が最も気に入っている共演者としておなじみだ。新作《アイ・アム・ア・マン》では、曲作りや歌も自身で担当し、「よりよい世界にするために私たちは何ができるのか」を問うている。ネオソウル寄りの路線で、ベン自身は歌うこととサウンド作りに集中。繊細にビートを刻むドラムスと息を合わせている。その音楽からは、今を生きる不安や息苦しさも伝わってくるが、現状から逃げずに対峙する姿勢に、聴き終わると励まされた印象が残る。
ボブ・ディランが初期に書いた〈ザ・デス・オブ・エメット・ティル〉では、ストリングスの美しさ、ギター・ソロの激しさで、今もなくならない黒人差別を訴えた。ベーシストという以上の大いなる才能に驚嘆する。
ベン・ウィリアムス
ユニバーサル 2500円
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円熟期を迎えた彼の三味線の技、艶、強さ
そして最後は、上妻宏光(あがつまひろみつ)。故・志村けんの師匠でもあり、2人で東京スカパラダイスオーケストラと共演したテレビCMが記憶に新しいが、津軽三味線の魅力を幅広い層に伝えてきた上妻の、活動20周年を祝うアルバム《TSUGARU》である。今作は、津軽に伝わる「津軽五大民謡」を取り上げるという壮大な内容。円熟期を迎えた彼の三味線の技、艶、強さに圧倒される8曲が収められている。
冒頭の〈津軽じょんから節〉の「新節」では、目が醒めるような技術の独奏に圧倒されながらも、その底にこの曲が伝えてきた涙が滲んでいるのが聴こえ、深く共感し、癒やされた。また〈津軽よされ節〉の雄々しい表現、そしてすすり泣くようなトレモロ(演奏技法)の見事な仕上がりにも、心が揺さぶられる。ジャズがそうであるように、涙と汗のうえに培われた音楽が、こうして現代も生き続け、今を生きる私たちを抱きとめ、励ましてくれることに感謝したい。
上妻宏光
日本コロムビア 2727円