推し
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noteが主催する「創作大賞2023」で幻冬舎賞を受賞した斉藤ナミさん。SNSを中心にコミカルな文体で人気を集めています。「愛されたい」が私のすべて。自己愛まみれの奮闘記、『褒めてくれてもいいんですよ?』を上梓した斉藤さんによる連載「嫉妬についてのエトセトラ」。第20回は「『推しがいる世界』を持っている人への嫉妬」です

前回「斉藤ナミ 母親である私は、なかなか自由な時間がとれない。子どもがいない人が羨ましいとは、口が裂けても言えないが…」はこちら

「推し」。

「ひと目見て、沼に落ちたわ」
そう語るのは、芸人やyoutuberとして活動している、ある知人男性だ。彼の武器は、凄まじい知識と語彙力で世の中を論理的に解剖するその語り口。

私はいつも彼の発信を見聞きしては「それが言いたかった! その言語化、まじ天才!」と膝を打ち、同志愛を抱いていた。私たちにとって、世界は感じるものではなく言語化して分析するものだったからだ。

ところが最近、異変が起きた。その冷静沈着な彼が、たった一度の直感で、あるアイドルに陥落したのだ。

 いわゆる「推し」ができた、というやつである。

「推し」。その言葉が意味するものは、単なるファンのようなものとは少し違う。それは好きなタレントや趣味の領域を超えた存在だ。彼らに出会ったことで人生を救われたと感じたり、明日を生きる希望になったりもする。

「彼らがいるから、今日も働ける」「次のライブまで生き延びる」 そうやって理不尽な現実や辛い仕事に耐えるための生存エネルギーを供給してくれる活力維持装置のようなもの。

かつての同志だった彼も、この最強のエネルギー源を手に入れたわけだ。