大戦末期、戦艦大和とともに沖縄水上特攻を命じられた駆逐艦響は周防灘で触雷、落後する。乗組員の浦賀少尉は、日本の内海すら米軍の機雷で埋め尽くされた現実に愕然とする。
戦後、海上保安庁で日本周辺の掃海任務にあたっていた浦賀だが、ある日、緊急電により下関へ向かう。そこには多数の掃海艇が集結していた……。当時の日本の難しい立場を背景に約三十年も秘された事実をもとに、日本人にもっと知ってもらいたいと願う直木賞作家の著者が、全力で挑む歴史大作、ここに開幕!

  二

 

 松原は横須賀で波木もと大佐と合流し、例のごとく内火艇を使った。
 沖合に佇む戦艦ニュージャージーの一室には、第五艦隊参謀のウッドロウ中佐だけがいた。ムーア中佐は日本での爆撃成果を調査する任務を終え、帰国したのだという。
「少し待っていてもらいたい」
 ウッドロウの発言に合わせたようなタイミングで、従兵がコーヒーを四つ置いていった。 三人ともどもコーヒーを呑みながら待っていると、四人目が入室してきた。
「アメリカ第五艦隊参謀長、ウィルソン少将である」
 初老の男はぶっきらぼうに名乗って着席した。手の付けられていなかったコーヒーをすすってから、まずそうな顔をする。冷めていたらしい。
「では、話を始める。今後の掃海のために、日本でも試航船を整備、運用してもらいたい」
 ウッドロウが、雰囲気を立て直すような朗らかな声で言った。波木は「ソレハ」と日本語でつぶやき、しばらく口を閉ざす。ややあってから短い英語を絞り出した。
「理由を伺いたい」
 試航船とは、磁気水圧機雷 を処分するための船だ。とくべつ頑丈に造った船体に、磁気を発する電路を巻きつけ、本物の船にしか出せない水圧をまき散らしながら掃海域を航行する。機雷の爆圧を受けやすい機関部を遠隔操縦にしたり、沈没に備えて監視艇が随伴したりはするが、地雷原を歩 き回るに等しい用途の船だから、乗員の危険は少なくない。
 感応機雷のうち、音響起爆式なら発音爆弾、磁気起爆式なら磁気を発する機器で処分できる。ただし磁気と水圧 を同時に感知せねば起爆しない複合機雷は、実際に船を走らせるしか 掃海の手段がない。日本  では戦争の末期に着想していたが、実用には間に合わなかった。
「日本海軍の着想を元に、我々で同様の船を使ってみたところ、好成績を収めた。日本の掃海隊でも有効であろうと思う」
 ウッドロウは相変わらずの人懐こい顔で言う。波木は顔を曇らせながら応じた。
「数か月あれば、四隻ほどは用意できると思う。ただし、乗員の確保が困難である。目下、通常の掃海任務すら人員に不足をきたしている状況である。カミカゼ・アタックに近い試航作業に、適当な士気と練度のある乗員を確保できる見込みは薄い」
 波木の話を聞いたウッドロウは、太い首をわずかにかしげたきりだった。妙な沈黙が数瞬続く。
「ひとつ、伺いたい」
 松原は伝書鳩の任をまっとうできず、つい口を開いた。
「試航船の有効性は、貴軍にて実証済みとのことなので議論しない。ただし、感応機雷すべては来年二月中旬に自滅する、と先日に貴官から伺った、自滅まであと二か月もない今の時点で、わざわざ試航船を導入する意義はとぼしいと思料するが」
「その件について、新たに伝えたいことがある」
 ウッドロウは、ホームパーティの日取りでも告げているような気さくな口調で言った。
「先に提供した情報を訂正したい。来年二月中旬に自滅するのは、音響機雷のみである。磁気、および磁気水圧機雷は、以後も相当の期間にわたって作動する。このことは覚書にしてあるので、今日の後ほど、貴官らに手渡す」
 そんな覚書など欲しくない、と松原は言いたくなった。だが紙切れを突き返したところで、機雷が自滅するわけではない。
「だから、我々に試航船の使用を勧めるのか」
 松原が低い声で問うと、ウッドロウは「勘違いしてもらっては困る」と表情を険しく改めた。
「これは勧奨ではない。アメリカ第五艦隊が有する、日本掃海隊への指揮権に基づく命令である」
「待っていただきたい」
 波木が上ずった声で割り込んできた。
「先ほども申した通り、かくも危険な任務には人員を確保できません」
 それまで嫌な顔でコーヒーをすするばかりだったウィルソン参謀長が、音を立ててマグカップを置いた。
「はっきりさせておく」
 ウィルソンは冷厳と言った。
「きみら日本人は敗戦国民である。われわれ占領軍に対して、命令を遂行できない理由の説明など不要だ。いまウッドロウ中佐から指示した通りに、かつ直ちに実施せよ」
 波木の手が松原の右肩を掴んだ。自分が憤りのあまり腰を浮かしていた、と松原はそのとき知った。
「承った」
 波木は端的に答え、松原を連れてニュージャージーから退艦した。ともどもで東京の第二復員省に行き、村上課長に面会の仔細を報告したあと、波木は決然と言った。
「試航船隊の指揮官には、この波木を任じていただきたい。命令を拒否できなかった責を負いたく」
 村上の青い顔に、別の影がよぎった。
「指揮官たるもの、任務中は乗船せねばならぬが」
「それが海軍 であると心得ています」
「分かった。人事の発令まで少し時間をくれ」
「感謝します」
 問答はごく手短に終わった。波木は深々と頭を下げた。
 もう海軍はなくなった。そんな野暮を言うやつがいたら張り倒してやろう、と松原は思った。