撮影:岡本隆史
難解な哲学を明快に論じ、ネット社会の未来を夢見た東浩紀さんは、2010年、新たな知的空間の構築を目指し、「ゲンロン」を立ち上げました。10年もの間、「場」を提供し続けてきた苦悩の道のりを、新著『ゲンロン戦記「知の観客」をつくる』(聞き手・石戸諭)で明かしています。その推進力となった東さんの根底にある思想とは? 彼を形作る3つのキーワードを取り上げます。第一夜のキーワードは「誤配」です。

※本稿は、東浩紀『ゲンロン戦記「知の観客」をつくる』(中公新書ラクレ)の一部を抜粋・再編集したものです

すべて「たまたま」の連続

ぼくはよく、コミュニケーションでは「誤配」が大事だということを言います。自分のメッセージが本来は伝わるべきでないひとにまちがって伝わってしまうこと、ほんとうなら知らないでもよかったことをたまたま知ってしまうこと。そういう「事故」は現代ではリスクやノイズと捉えられがちですが、ぼくは逆の考えかたをします。そのような事故=誤配こそがイノベーションやクリエーションの源だと思うのです。

2013年2月に開店し、いまも続いているイベントスペース「ゲンロンカフェ」は、まさにそのような「誤配」のための空間です。登壇者が長く話す。思わぬことも話してしまう。観客同士が思わぬ出会いをする。そういう可能性のためにつくった空間でしたが、いま振り返ると、成り立ちそのものも「誤配」に満ちていたように思います。ゲンロンカフェはそもそも当時経営の中心にいた社員がいなければできなかった。動画配信も時間無制限も最初は考えていなかった。すべて「たまたま」の連続でできています。

 

スクールの価値は教室の外にある

市民講座「ゲンロンスクール」も「誤配」から生まれた事業でした。

2015年に美術批評家・黒瀬陽平さんが主任講師 (2020年8月に退任――ネット公開にあたっての注) の「新芸術校」という大きな通年のアートスクールを立ち上げることにしました。同年にはべつに批評家の佐々木敦さんに主任講師をお願いして「批評再生塾」も立ち上げ、さらに2016年には翻訳家の大森望さんに主任講師をお願いした「SF創作講座」を、2017年にはマンガ家の西島大介さんと批評家のさやわかさんふたりの主任講師(現在は後者単独の主任講師)による「ひらめき☆マンガ教室」を開設するというかたちで、ゲンロンスクールの試みはどんどん広がっていきます。

批評再生塾は2018年度で終了しましたが、ほか3つのスクールは現在も続いており、いまではゲンロンの経営を支える大きな柱のひとつに育っています。