『もう一つの衣服、ホームウエア 家で着るアパレル史』著◎武田尚子 みすず書房 2970円
今注目の書籍を評者が紹介。今回取り上げるのは、武田尚子さんの『もう一つの衣服、ホームウエア 家で着るアパレル史』(みすず書房)。評者は詩人の渡邊十絲子さんです。

ホームウエアの歴史を広く研究した労作

自宅にいる時間を快適にする工夫が盛んだ。SNSには、自分で作った料理や、世話をしている動植物、今日見た映画や読んだ本についての発信などが目立つ。ところが、自宅でくつろぐ時間に着ているものを発信する人は少ない。人に見せることを前提にしたものではないからかもしれない。

しかし服装は、在宅時間の満足度を大きく左右する。会社員ならスーツを脱いだらすぐパジャマを着たいかもしれないし、家事をして過ごす人なら、働き着としてのスウェット上下などが快適かもしれない。自宅で着るのはすべてかつての外出着、という倹約派もいる。世の中に基準があるわけでもなく、よその家に合わせたりもしない。それでも時の流れにつれてゆるやかに移り変わっていくのがホームウエアだ。

この本はそんなホームウエアの歴史や、世界的な傾向、こんにちのトレンドなどを広く研究した労作。かつて隆盛をきわめたデザイナーズ・ブランドが新戦略として扱うホームウエアや、室内着だけを扱う新ブランドの台頭、睡眠に特化した機能性パジャマの登場など、在宅時間の「これから」を感じさせる話題もある。

昭和後期のサスペンスドラマでは、夜間に自宅で殺される女性は決まってネグリジェを着ていた。いま、同様のドラマにネグリジェ姿の描写はほとんどない。人々の私生活史は、そんな部分から見えてくるものだ。自宅とは何をする空間か、という考え方も、時代につれて変わる。ファッション史はいつも、おしゃれできらびやかな「外側」ばかりが語られるが、人目にさらされない「内側」を語ろうという試みが新鮮だ。新しい生活スタイルのヒントは、こんなところにもある。