まちあるき文化考
交叉する〈都市〉と〈物語〉
春秋社 2400円
作品への「聖地巡礼」が
都市に積み重ねたもの
「聖地巡礼」とはいまや宗教的なものに限らず、映画や小説、マンガやアニメなどの舞台となった場所に熱心なファンが足を運ぶ行為のことでもある。本書はこうした営みがもつ文化的な意義を、東京、小樽、長崎、ベルリン、ウィーンの五都市の例に即して論じていく。
「聖地巡礼」の原型は文学散歩にある。本郷の無縁坂は森鷗外の小説『雁』の舞台で、その女主人公・お玉が住む家があるとされた。この坂は野田宇太郎や前田愛、司馬遼太郎といった書き手によってくり返し言及され、東京という都市を「読解」するための鍵になっていった。
小樽の例では、岩井俊二監督の映画『Love Letter』が取り上げられる。この映画は運河をはじめとする定番の観光スポットをほとんど映さず、郊外のモダン建築、とりわけ個人邸宅を物語の「主人公」に据えた。こうした映画が作られたことで、既存の地域イメージの追認ではない、あらたな街づくりの方向性が示されたと著者はいう。
残る章では長崎の軍艦島(端島)、ベルリンの壁と旧東側地域、音楽の都ウィーンといった場所の文化史が、その地を題材にした映画や音楽、写真集を読み解きつつ論じられていく。作品の受容はコンテンツ自体からだけでなく、その作品を生み出したり、作中で描かれたりする場所との相互作用のなかでなされる。したがって「聖地巡礼」的な行為は、地域おこしや観光ビジネス振興の観点のみならず、作品理解を深めるうえからも否定されるべきではない──そうした本書の主張は十分に首肯できるものだ。
ふんだんに添えられた図版やコラム等も、〈都市〉と〈物語〉の関係を重層的に理解するうえで大いに助けとなる。