詩人の伊藤比呂美さんが『婦人公論』で連載している好評エッセイ「猫婆犬婆(ねこばばあ いぬばばあ)」。夫が亡くなり、娘たちも独立、伊藤さんは20年暮らしたアメリカから日本に戻ってきました。熊本で、犬2匹(クレイマー、チトー)、猫2匹(メイ、テイラー)と暮らす日常を綴ります。Webオリジナルでお送りする今回は「燃えコート」。もふもふ、ふわふわしたコート兼カーディガンをはおっていたら、焦げた臭いがしてきて――。(文・写真=伊藤比呂美さん)
先日、新聞で「年間100人が亡くなる意外な事故『着衣着火』を予防するには」という記事を読んで、あっあたしのことだと怖ろしくなった。
子どもの頃、ケムという犬を飼っていた。マルチーズだったが、父がいつも適当に毛を刈り込んでいた。そのお尻がいつも焦げていた。庭で母が焚き火を、昔のことなんであります、焚き火をしてついでにお芋を焼いたりしていると、その火の前で、ケムがいつも、背中を火に向けて座っていた。それでいつも、お尻が茶色く焦げていたのだった。
この間、ほんの数日前。何か臭いがするなと思っていたのだった。
うちの石油ストーブは筒型のどかんとしたやつ。行きつけのガソリンスタンドの吹きっつぁらしの事務所に置いてあるのが、野趣があっていいなと思って、同じのを買った。安かったです。
ストーブの周囲に、少し離して、植物がある。エアコンの温風は乾きすぎているから植物によくない。それでうちは、オイルヒーターと石油ストーブで部屋を暖めている。
それでその日、ストーブに後ろ向きで、枯葉をとったり水をやったりなんやかやしていたところ、何か、焦げた臭いがした。犬猫の毛がすごいから、宙を舞って、ストーブに吸い込まれて焦げているのかなと思っていた。で、そのまま忘れ、働くうちに、はおっていたものを脱いだ。はおっていたのは、この間買った、もふもふの、ふわふわで、むくむくの、コート兼カーディガンみたいなもの。少しして、また着ようとしたら、手元がかさかさした。もふもふのふわふわなので、かさかさするわけがないのである。