そのダウンを買った年、山でふわふわと白いものが飛ぶのを見たとき、テイカカズラ、今年は早いなと思ったのだ。しかしよくよく見ると種がついてなくて、もっとふわふわで、どうも羽毛、しかも胸の綿毛という感じのふわふわさ。なぜこんな山の中で空気中を舞っているのか。この頃、鳥の綿毛とテイカカズラの種も、老眼で区別がつかないのである。やがて気がついた。このふわふわはあたしから出てきて、あたしが振りまいているということに。

このままじゃ山じゅうを鳥の綿毛だらけにしかねないと考えて、とりあえずガムテープを貼った。最近はガムテープじゃなく、貼りやすく剥がしやすい養生テープというのをよく使う。台風のおかげだと思う。気候が荒々しくなって、「これまでにない規模の台風」とか「数十年に一度の大台風」とかが来るようになって、人々がテープで窓を補強するようになって、ホームセンターでもよく売ってある。透明の白いやつなら目立たないなと思って、ダウンの穴の上にべたべた貼った。貼るそばから別の所に穴があくから、そっちも貼ってしのいだ。つまり去年からあたしは、養生テープだらけのダウンコートを愛用していたのだった。

養生テープ付きコート

最初は、だれも見やしないわと思ってそれで買い物にも行っていたが、最近ふと鏡を見たら、養生テープだらけの安いダウンを着た蓬髪の老婆は、ちょっと凄かった。それであのもふもふを買った。愛用していた。この冬、気温はマイナス6度に下がった。もふもふは薄くて軽くて暖かった。ところが今や、すっかり焦げて、あたしはまた養生テープのダウンを着て、買い物に行っている。『ショローの女』で書いた母のコートはまだ着られるが、人前で着る気にだけはならないのである。そのうちどうにかしようと思いつつ、面倒臭くて何もしないうちに、店先からは、ダウンももふもふも消えて無くなった。


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米国人の夫の看取り、20余年住んだカリフォルニアから熊本に拠点を移したあたしの新たな生活が始まった。

週1回上京し大学で教える日々は多忙を極め、愛用するのはコンビニとサイゼリヤ。自宅には愛犬と植物の鉢植え多数。そこへ猫二匹までもが加わって……。襲い来るのは台風にコロナ。老いゆく体は悲鳴をあげる。一人の暮らしの自由と寂寥、60代もいよいよ半ばの体感を、小気味よく直截に書き記す、これぞ女たちのための〈言葉の道しるべ〉。