「死を意識して生きることは、決してネガティブな面ばかりではない、と私は考えています」(撮影=本社・奥西義和)
感染症の専門家として、メディアで新型コロナウイルスの脅威を伝えてきた北村義浩医師。訪問診療も手がける北村さんは、自分の最期をイメージしておくことが大切と語ります(構成=山田真理 撮影=本社・奥西義和)

コロナで「死」が身近になった

新型コロナウイルスの感染拡大は、私たちの意識にさまざまな影響を与えました。その一つとして、「死」を身近に感じる機会が以前よりも多くなったことが挙げられると思います。

私はウイルスの専門家として、30年あまり感染症学の研究に取り組んできました。人類の歴史はまさに感染症との闘い。たとえばペストが大流行した中世ヨーロッパでは、総人口のおよそ3分の1が亡くなったと言われます。

新型コロナウイルスも感染拡大の初期には、志村けんさんや岡江久美子さんのように「昨日まで元気にテレビに出ていた人が突然亡くなる」といった報道に触れ、自分ももしやと不安に駆られた人も少なくないでしょう。

また、ご自身や身近な人が感染し、生死の境をさまよう経験をされた方がいるかもしれません。

ワクチンが開発され、重症化を防ぐ治療法もわかってきたことで、初期の頃よりずいぶん安心できる状況になってきました。しかし、感染者数はいまだに増加傾向にあります。かつてのように、かかってしまえば一巻の終わり、という恐怖はないにしろ、何気ない生活の中で「コロナの影」におびえながら生きる時代になったのです。

しかし死を意識して生きることは、決してネガティブな面ばかりではない、と私は考えています。社会の発展や医学の進歩によって、普通に生きていて命の危険にさらされることは少なくなりましたが、自然災害や事故、病気、怪我など、生命をおびやかすリスクはいまだに存在している。私たちは決して、ゼロリスクの世界に生きているわけではありません。

それなのに、「縁起でもないことは考えたくない」と目を背ける人は多い。これは、逆に不安を増大させる考え方だと私は思います。「人はいつか死ぬ」という真実と向き合い、そのための準備を整えるほうが、毎日を生き生きと過ごすことが可能になるのです。