義理人情に厚いヤクザの親分・阿岐本雄蔵のもとには、一風変わった経営再建の話が次々舞い込んでくる。今度は町の小さなお寺!? 鐘の音がうるさいという近隣住民からのクレームに、ため息を吐く住職。常識が日々移り変わる時代のなか、一体何を廃し、何を残すべきなのか――。
〈1〉
「永神(ながかみ)のオジキです」
インターホンの画面を見た真吉(しんきち)が言った。
真吉のフルネームは志村(しむら)真吉。天才的なスケコマシだ。本人にその気がなくても、女性がなびいてくる。それはもう、特殊能力といっていい。
日村誠二(ひむらせいじ)は言った。
「お通ししろ」
真吉が解錠すると、永神健太郎(けんたろう)が事務所に入ってきた。永神は、日村たちの親である阿岐本雄蔵(あきもとゆうぞう)組長と、四分六分の兄弟だ。真吉が言ったとおり、日村たちには「オジキ」に当たる。
スーツを着こなし、ビジネスマンのように見えるが、たたずまいが堅気とは違う。
「おう、誠二。今日は何日だ?」
「十月七日ですが」
「大安だよ、大安。だから、そんな辛気くさい顔はよせ」
別に辛気くさい顔をしているつもりはない。だが、そう見えるとしたら、永神本人のせいだ。
彼が阿岐本のオヤジに会いにくるとろくなことがない。
これまで、どれだけ苦労をさせられたか……。
「アニキ、いるか?」
留守だと嘘をついて、このまま帰ってもらいたいが、そうもいかない。
「奥の部屋です」
組長室のことだ。最近は、組長だの親分だのという言葉が使いにくい。だから、「奥の部屋」という言い方をするようになった。
日村は永神を連れてその部屋の前にやってきた。ノックをすると、返事があった。
「入(へえ)んな」
ドアを開けて告げる。
「永神のオジキです」
「おお、久しぶりじゃねえか。こっち来て座れ」
「どうも。すっかりご無沙汰で……」
阿岐本はうれしそうだ。
久しぶりに兄弟分に会うのがうれしいのだろうが、それだけではなさそうだ。期待に目を輝かせているように見える。
日村は二人を残して、部屋を出た。稔(みのる)が二人分の茶を持ってやってくるところだった。稔が通れるようにドアを押さえてやった。
二之宮(にのみや)稔はかつて暴走族で、若い衆の中でも一番の跳ねっ返りだった。今ではすっかりおとなしくなり、阿岐本の運転手役をつとめている。運転の技術はピカイチなのだ。
ドアが閉まり、日村はいつも座っている一人掛けのソファに戻った。
稔が部屋から出てきたので小声で尋ねた。
「オヤジ、どんな様子だ?」
「どんなって……。相手はオジキですから、楽しそうに話をされてます」