少女時代のあの家が人生で一番幸福だった

「思い出の屑籠」では、最初の記憶から小学校高学年までの自身の日常が綴られる。記憶の緻密さに驚かされるが。

――物を書く人は記憶が必要だから。作家なんてのは過去をずっと引きずって生きているんですよ。同窓会で女学校の先生の口グセを真似すると、友達はみんな「よくそんなつまらんことを覚えているね」ってあきれかえっていましたね。

もっとも、作家の頭の中ですから、事実に空想やいろんなものがない交ぜになっているかもしれません。でももうみんな死んでここにいないから、何を書いても文句は言われない(笑)。無責任なもんですよ。

書き始めてみると、その時の子どもになっちゃう。5歳のアイちゃんを書いていると、5歳の目になるのね。作家はみんなそうだと思います。

 

エッセイには作家の父・佐藤紅緑と元女優の母シナ、4歳上の姉・早苗、そして異母兄たちが登場する。紅緑は前妻と別れ、女優だったシナを奪い去るように妻にした。

――母はあの時代の女性としては進歩的な考え方の持ち主でした。10代のころから平塚らいてうの女性解放運動に触発され、自立したくて女優を志した。それなのに芝居や小説の世界で飛ぶ鳥を落とす勢いだった流行作家・佐藤紅緑に見初められ、狂おしいほどの情熱で求められて、人生を捻じ曲げられたんです。

世間からは駆け出しの女優が作家を籠絡したと見られましたからね、プライドの高い母にとっては歯がゆいことだったと思います。男に養ってもらってペコペコしなきゃならなくなったことを、ずっと情けなく思っていたのでしょう。

私を身籠ったから、母はその暮らしを受け入れざるをえなくなったんです。姉を産んだ後も、母は女優を続けていけると思ってたんだけど、赤ン坊の姉とその乳母を連れて地方巡業なんかに出かけることの大変さ。

女優といっても今のように映像が発達している時代じゃない。ナマの舞台を見せるんですから。赤ン坊を連れての地方巡業には無理があって、それでやめざるをえなくなった。結局、母は舞台を断念し、姉と私を育てる普通の母親になりました。

サトウハチローは父の前妻が産んだ長男です。ほかに3人男の子がいて、母は4人のママ母になったわけですね。そんな波瀾の一族の最後に私が生まれて、それでようやく波瀾が一段落ついたってわけ。