多忙だったころの珍事件

仕事を終えて、作家の日常はどう変化したか。

――今じゃ、原稿用紙の上にホコリが溜まっています。万年筆は礼状を書くくらい。それすらなんだか億劫なことが多いですね。

忙しかったころはよく読者から電話がかかってきて、相手をするのもいい気分転換でしたが、今はそれもない。読者からの手紙や電話は、どれだけ仕事をしているかのバロメーター。仕事をしていないと、静かなもんです。

そういえば以前、見知らぬ男が靴のままドタドタ台所へ上がってきて、「佐藤愛子はいるか。佐藤愛子はどこだ」って叫んだことがありました。仕方がないから出ていって「私が佐藤だけど、それが何か」と言っても、何も言わない。

私が「なんですか、あんた。土足のまま上がってきて」と怒っても、「お前が佐藤愛子か」と言うばかり。ところが別棟にいた甥夫婦はその男に後ろ手に縛りあげられていましてね。甥の妻が後ろ手に縛られたままピョンピョン跳ねて庭へ出てこようとしているのが見えたから、塀を乗り越えて隣家に助けを求めに行ったんです。

広いお庭でねえ。名前を呼びながら走っていくと、中から奥さんが出てこられて、「あらあなたは佐藤さん? どこからいらしたの」って。(笑)

そのころ、美人作家の家に白昼強盗が入るというのが何件か続いていて、遠藤周作さんや北杜夫さんに「まだ来ないかねえ。美人じゃないってことかねえ。泥棒にも見捨てられたか」なんてさんざんからかわれていたの。それが「作家の佐藤愛子さん宅に白昼強盗」とニュースに出たら、電話がリーンと鳴って、北さんが、「おめでとうございます」って。(笑)

今はあまりにヒマだから、泥棒でも入ったら大立ち回りでもしてやろうと思って待ってるんだけど、そんなこともないから本当に退屈でね。セコムとかいうんですか、防犯システムとやらもあるし。世の中はつまらなくなりましたね。


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