認知症全体の約60%を占めるアルツハイマー病を予防するのに、難しい脳トレも複雑な取り組みも必要ありません。何より大切なのは、始める“タイミング”と“正しい方法”だという。慶應義塾大学医学部神経内科医の伊東大介さんに聞きました。(構成=山田真理 イラスト=村越昭彦)

壊れた脳細胞は元に戻らない

認知症はどんな人にも起こりうる病気です。だからこそ、「もし認知症になったらどうしよう」と不安に思う方も多いでしょう。実は近年の研究で、正しく予防すれば発症のリスクをある程度は軽減できることがわかってきました。

なかでも注目されているのが、予防を始めるタイミング。認知症というと、「高齢者の病気だから自分にはまだ関係ない」と他人事のように考えてしまいがちですが、“中年期”に予防することが最も効果的だといわれています。しかしなぜ、そんなに早くから対策する必要があるのでしょうか。それには、認知症を発症する仕組みや進行の速度が大きく関係しているのです。

認知症は、記憶、思考、判断、学習能力などの精神機能がゆっくりと低下していく症状を示す総称。その原因は脳血管障害やレビー小体型認知症、アルコール中毒などさまざまですが、最も多いのはアルツハイマー病です。

アルツハイマー病の原因は完全には解明されていませんが、大きな要因となるのが、長い期間をかけて脳の中に蓄積されるゴミ、すなわち「アミロイドβ」と「タウ」という2種類のたんぱく質です。

最初に蓄積し始めるのはアミロイドβ。通常は神経の保護や炎症の修復に欠かせない役割を果たしていますが、加齢により分解しきれなくなったものは神経細胞の外側に溜まり、「老人斑」というシミになる。それが増えていくと、もうひとつのゴミであるタウの蓄積が始まります。

タウも、脳・神経細胞の機能や構造維持などに役立っていますが、神経細胞の内側に溜まって糸くず状の塊になる(神経原線維変化)と、細胞は死んでしまい、元に戻ることはありません。なかでも記憶を司る海馬は神経細胞が侵されやすいため、認知症の初期症状としてもの忘れが目立つようになるのです。

このように、アミロイドβによって老人斑ができるのはある種の加齢現象ですが、進行するとタウが溜まり始め、神経細胞を傷つける厄介な存在になってしまう。つまり、それより前に予防を始める必要があるというわけです。

 

理想のタイミングは40~50代

予防を始めるタイミングとして重要なのが、7~8年前から研究者の間で注目されている「プレクリニカル認知症(プレクリニカル・アルツハイマー病)」です。認知症と名づけられていますが、実際に発症しているわけではありません。脳神経へのダメージもなく、もの忘れなど特徴的な症状もなし。しかし特殊な検査をすると、アミロイドβが蓄積され始めている状態です。