生活に自然があった時代

それが今では都会も田舎も脳の産物である人工物があふれ、ボタンを押せば、ひとりでに風呂が沸き、暑ければエアコン、寒ければヒーターをつける。それではエネルギーを食うわけだよ。

『なるようになる。――僕はこんなふうに生きてきた』(著:養老 孟司/中央公論新社)

駅前を歩いても、自動車は少なく、牛馬がたくさんいた。砂利道には牛や馬の糞も落ちていて、糞虫もいっぱいいたけれど、今は絶滅状態ですな。ハエも「五月蠅(うるさ)い」ほどたくさんいて、そこら中にハエ取り紙とかがあった。頭からバサッ、バサッとDDTをかけられたのもあの頃です。

そして、戦後の食糧増産で、いたるところが畑にされ、農耕用の牛馬の飼料のために山で草刈りがされ、畑には肥だめがあった。

要するに、僕の子どもの頃は努力と辛抱、根性で里山を維持していたから、人間と自然は一体であることは感覚的にわかっていた。でも、今の子どもは生活の中に自然がないから、この感覚をどうやって伝えるか、苦労します。