「区役所からも、何か言われているらしいですね」
「……というか、役所は住民から苦情が来れば、対処しなければなりませんからね」
「公園の話も聞きました」
「役所の担当者に、ポリシーがないんですよ」
「ポリシーですか」
「文句言うやつに、ちゃんと説明すればいいんです。子供の安全のために公園は必要だとか、鐘は先祖供養の意味があるんだし、日本の文化なんだから、止めるわけにはいかないとか、ちゃんと住民を説得すりゃあいいんだ」
 こうして二人向かい合って話しているところを見ると、なんだか兄弟じゃないかと思ってしまう。それくらい印象が似通っている。
「苦情があったのは、いつ頃のことなんでしょう?」
 阿岐本が尋ねると、田代は考えてから言った。
「いつだっけかなあ……。いずれにしろ、最近のことですね」
「ここ一年とか……」
「そうですねえ……」
「去年の除夜の鐘はどうされました?」
「打ちましたよ。昼と夕方の鐘について、あれこれ言われてましたけど、まさか、寺が除夜の鐘を打たないわけにはいかないと思って……」
「何か言ってきましたか?」
「区役所のやつが、形ばかりの注意に来ましたけどね……」
「そうですか」
「初詣には来るんだよねえ……」
「え? 何です?」
「いやね。除夜の鐘はうるさいって文句言うくせに、初詣には来るんですよ、この辺の住民が……」
「苦情を言っている人がお参りするわけじゃないでしょう」
「こっちから見れば、どちらも近所の住民ですよ。だからね、住民にもポリシーがないんですよ。寺の鐘がうるさいって言うんなら、仏教から先祖崇拝からすべて否定すりゃあいいんだ。そうなりゃ、こっちも戦いますよ」
「戦いますか」
「ええ。戦います。それって、宗教弾圧ですよね。信教の自由にも反します」
 少し違う気がすると、話を聞きながら日村は思った。どうも田代は、話がずれてでかくなる傾向にある。
「けど、初詣には来るわけですよ」
「しかし、本来の仏教の教えからすると、初詣なんかより、鐘のほうが重要なんですよね?」
 田代は「おっ」と目を丸くした。
「さすがは親分さんだ。よくおわかりだ。そうです。初詣ってのは、もともと年籠(としごも)りでね。家の主が大晦日から元旦にかけて、氏神様の神社に籠もる風習だったんです。だから、神社のしきたりだったんですな。それが、いつしか除夜の鐘と初詣になったんです。で、私たちは伊達や酔狂で除夜の鐘を叩いているわけじゃないですよ。これも、代貸には言いましたが、ご先祖の供養なんです」
「へえ……。いや、勉強になります」