「ところで、親分さんはいったい何の話をしにいらっしゃったんです?」
「国が滅ぶとおっしゃったそうですね。それは聞き捨てならないと思いまして……」
「ええ。このままではね。そうは思いませんか?」
「昔から、そういうことを言う人はおりました」
「そうかもしれません。でも、昔は除夜の鐘がうるさいなんて言う人はいなかったし、子供が公園で遊ぶ声がうるさいなんて言う人もいなかったような気がします」
「どうでしょうね。何でも文句を言う人はいつの世にもおります」
「文句を言う人はいましたよ。でも、そういう人の言い分が通ることは、あまりなかった。でも、最近はそういうのが認められてしまうんですな」
「ああ、そうかもしれません」
「私はね、ネットの影響だと思うんです。理屈こねて相手を論破するのが人気を得る世界です」
「ネットってのは、そうなんですか?」
「上から目線で、人をばかにするようなことを言うと受けがいいんです」
「そりゃ、いけませんなあ」
「ネットで好き勝手書き込んでいるやつや、他人に迷惑をかけて喜んでいるような動画を投稿しているやつは、世の中の怖いもんを知らないんです」
「おっしゃるとおりかもしれません」
「親にも学校の先生にも殴られたことがないんですよ。今、学校で先生が生徒を殴ったりしたら、たいへんなことになるらしい」
「ああ、それは聞いたことがあります」
「だから子供がつけ上がる。つけ上がったまま成長して堪(こら)え性がなく文句ばっかり言ってる若者になる。そしてそのまま大人になって、親になる。それがまた、モンスターペアレンツになって子供を甘やかす……。こりゃあ、国が滅ぶでしょう」
「私は、世の中そう捨てたもんじゃないと思っておりますが……」
「親分さんたちに頑張ってもらわないと……」
「え……? 私らがですか?」
「そうです。世の中には怖いものがあるんだって教えてやらなければ……」
「いや、私らはだめです。暴対法と排除条例でがんじがらめですから」
「そうなると、若いやつらはますますつけあがりますなあ……。半グレっていうんですか? あいつらどうしようもないらしいじゃないですか」
 阿岐本にこんなことを言うなんて、田代自身が怖いものを知らないんじゃないのか。日村はそんなことを思っていた。