「それで……」
 阿岐本は言った。「今年はどうなさるんです?」
「え……?」
「除夜の鐘です」
「ああ……。どうしようか、考えているんですよ。近所の人たちとは揉(も)めたくありませんしねえ……。家の近くに墓があるんで不気味だ、なんて文句言う人もいますしね……」
「寺に墓は付きものでしょう」
「それに、墓は別に不気味なものじゃないですよ。地方ではまだ、自宅の敷地内にご先祖のお墓があるようなところもある。都会育ちの人には、そういうことがわからないのでしょうなあ」
「檀家の方々なら、そんな文句は言わないでしょうね」
「もちろんです。でも、その檀家がどんどん減っていまして……。寺や神社にはきつい世の中です。あ、そう言えば日村さんが、祭の露店の件で神社を訪ねたと言ってましたね」
 阿岐本がこたえた。
「はい。話を聞きに行くように言いました」
「神主の大木は、たまたま私と同級生でしてね」
「え? そうなんですか?」
「何の因果か、向こうは神社、こっちは寺です。これで、キリスト教の神父でもいりゃあ面白いんですがね」
 そのとき、住職の名を呼ぶ声がした。
 出入り口から誰かが本堂を覗き込んでいる。年齢は三十代の後半だろうか。地味な服装の真面目そうな男だ。
 その男が言った。
「田代さん。もしかして、何かトラブルですか?」
 心配そうな顔だ。いや、怯(おび)えていると言ったほうがいいか……。阿岐本や日村の素性に気づいているのだろう。
 二人とも派手な格好をしているわけではない。特に日村などは、黒いスーツに白いシャツ、ノーネクタイときわめて地味だ。
 それでもやはり、堅気には見えないらしい。