〈カラオケdondon〉の奥まった一室。そこは通称〈バイト・クラブ〉のための部室。ここの部員になるための資格は、【高校生の身の上で「暮らし」のためにバイトをしていること】。坂城悟はアルバイト先のガソリンスタンドで、ある男と遭遇する。

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坂城(さかしろ) 悟(さとる)  市立一ノ瀬(いちのせ)高校二年生
〈アノス波坂(なみさか)SS〉ガソリンスタンドアルバイト

 一瞬、あれ? って思った。
 でも次の瞬間、全然違うってわかったからすぐに思い直した。そもそもあんな車に、しかも後ろの座席に座っているはずもないんだから。
 全然おっさんだし。
 黒のクラウンだ。そんなに新しくはない、けっこう古い型だと思う。
 古くても、クラウンってやっぱりいい車だから乗り心地とかもいいはずなんだ。もちろんまだ車の免許は持ってないから運転したことはないけれども、車好きな人は皆言ってる。冗談とかじゃなくて一度は運転してみたいって。
 そして、黒のクラウンの後ろの座席に乗ってるのは大抵は偉い人。社長さんとか、会長さんとか、どっかの親分とかそういう人。
 そういう車が後ろに人を、偉い人を乗せたままガソリンスタンドに給油には滅多に来ない。
 大体は運転手の人だけ運転してきて給油したり車を洗っていったりするんだけど、今日は後ろに人が乗っているし、しかもその人が降りてきた。
 一瞬、本当に一瞬だけどその雰囲気、佇(たたず)まいっていうのかな。
 夏夫(なつお)に見えたんだ。
 たまたま外に出てきた店長が、行こうとした俺の肩を叩(たた)いて「僕がやる」って言って自分でそのクラウンに向かって走っていって、給油をし始めたんだ。
 店長の知り合いなのかもしれない。あるいは、お得意様とか。
 夏夫に見えたおっさんは、普通の黒いスラックスに白いシャツだけを着ていた。細身で、髪の毛がさらさらして少し長い。そうだ、そういう頭の形とか体型が夏夫によく似ているんだ。
 だから、一瞬見間違えた。
 後から入ってきた別の車の給油をしながら、ずっと見てしまった。
 ひょっとしたら、って思っていた。
 クラウンの後部座席に乗っているような、夏夫に似た雰囲気のある男。
 夏夫の、父親じゃないかって。
 ヤクザの組長だっていう、父親。
 確か名前は、長坂(ながさか)とか言っていたはずだけど。
 そう思ったら、どことなくヤクザっぽいような気もするし、運転している男なんかいかにもそんな感じだったし。間違いないのは、普通の会社の社長とかじゃ絶対にない雰囲気。
 店長と何か親しげに話している。給油が終わったら、事務所に一緒に入っていった。どんな話をしているのか、何で事務所に入っていったのか知りたかったけど、そういうときに限って次々に車が給油に入ってくるんだ。
 窓を拭いて、灰皿の中の吸い殻を捨てて、給油をして。本当にひっきりなしに車が入ってくるから、それだけでもう手一杯になってしまう。
 そのうちに、いつの間にかクラウンも出発してしまっていた。