「この2曲を聴いて〈ああ、大晦日だね。新しい年がくるね〉と皆さんが感じてくださるなら、それはそれで嬉しいことだと思うようになりました」(撮影=大河内禎)
〈発売中の『婦人公論』1月号から記事を先出し!〉
石川さゆりさんは名実ともに日本の歌謡界を牽引する存在だ。50年を超える歌手活動ではさまざまなジャンルのアーティストと交流。向き合う音楽は伝統的でありながら新しく、垣根をつくらない姿勢は幅広いファンに支持される。そこには「時代の空気感を届けることを生業としてきた」という思いがあった。(構成=山田真理 撮影=大河内禎)

「新しい年がくるね」と感じてくださるなら

2023年の大晦日も『NHK紅白歌合戦』で歌わせていただきます。46回目です。19歳で初出場して以来、毎年こうやって歌い納めをして1年を締めくくり、また新しい年を迎える。そんなふうに過ごしてきたのだなあと噛みしめています。

紅白は出場が決まると、局の方と話し合いながら楽曲を決め、演出を考えたりお衣装をつくったりしていきます。以前はずいぶん前から準備ができたので歌に合わせた染めや刺繍を施したお衣装がつくれたのですが、発表の時期がどんどん遅くなっていて、本番まで大わらわ。(笑)

局のスタッフの方にも若い方が増えました。でも、私の「こうしたいわ」だけじゃなくて、意見のキャッチボールをしながら「あら、それも素敵ね」というところに着地するまでアイデアを練り上げていく時間が、私は大好きです。ちゃんと皆さんに歌が届くステージをつくって、しっかり歌い納めをしたいと思います。

歌う曲についてはね、「昨年が『天城越え』でしたから、今年は『津軽海峡・冬景色』ですね」と言われてしまうくらい、15年ほど前からこの2曲のかわりばんこ(笑)。正直、どうなんでしょう。私も「新曲を出しているのに、どうして?」と思った時期もありました。

でもこの2曲を聴いて「ああ、大晦日だね。新しい年がくるね」と皆さんが感じてくださるなら、それはそれで嬉しいことだと思うようになりました。そういう歌があるのは、歌い手として幸せなことです。

コロナ禍の3年間で、私も「明日起こることなどなにもわからない」と痛感しました。絶対とか当然とか信じていたことが、こんなにも薄っぺらで頼りないものだなんてね。ベテランだ、現役女性歌手では紅白最多出場だと言っていただいたところで、歌えるという保証などなにもなくて、なんだか風みたいだなあって。

これ、決して悲観的な話をしているわけではないんです。たかが……されど風のように、です。風はどこへでも自由に飛んでいき、その季節や時代のにおいを届けます。私たちがやってきた生業は、そういうものだったじゃないかしら、と。ならばどこへでも行って皆さんに歌を届け、皆さんも私も心が優しく、元気になれたら幸せです。