静かにカビが生えている死体

周囲を見回すと、いろいろな死体が落ちている。

最もよく見られるのは、まだ翼の伸びきっていない幼鳥の死体だ。鳥の羽毛は鞘(さや)に入った刀のように、細い棒のような状態で生えてくる。

次にその先端から筆のように羽毛が出現する。だんだんと鞘が割れて羽毛が広がり、私たちがよく目にする平らな正羽(せいう)になる。

幼鳥の羽毛はその途中段階なので、まだ飛ぶことができない。そういえば調査の1ヶ月ほど前に台風が直撃した。雨に濡れて体温が低下して多数が死んだのかもしれない。

死体の多くは地面に落ちていたが、中には蔓(つる)に絡まってぶら下がっている成鳥の死体もあった。地上に着陸する時に間違って草むらに突っ込んでしまったのだろう。密生する蔓に長い翼がひっかかり、もがいているうちに絡まってとれなくなったのだ。

そして、何者にも食べられないまま静かにカビが生えている死体もある。死因は不明だが、木にぶつかって落鳥したのかもしれない。落鳥とは、鳥が命を落とすことをちょっと専門家っぽく言いたくなった時に使う言葉だ。

それはともかく、無傷のまま静かにカビが生えている死体なんて、他の島では滅多に見られるものではない。私は、そよ風に揺れる白い菌糸の苗床を前に、この島の特殊性を実感した。

死体は栄養の塊である。生態系の中ではとても質の高い資源である。にもかかわらずそれが利用されることなくあちこちに散乱しているこの贅沢な空間。

これは島に過剰な海鳥があふれていることと、ネズミなど食欲旺盛で影響力の強い外来種がいないことの証左であり、それこそがこの島の特徴なのである。

そんな感慨を胸に抱きつつ、自分の使命を思い出す。