ようやく到着した南硫黄島の山頂は川上さんにとっての天国だったそうで――(写真はイメージ。写真提供:Photo AC)
島全体が天然記念物に指定されている南硫黄島。ここは無人島であり、特に優れた原生自然環境を維持しているため「原生自然環境保全地域」にも指定されています。この南硫黄島について「人類はこの島の自然を守ったのではなく、どちらかというと手が出せなかったのだ」と語るのは、鳥類学者の川上和人さん。今回は、川上さんが南硫黄島に自然環境調査で訪れた際のエピソードを紹介します。川上さんいわく「南硫黄島の山頂は自分たちにとっての天国だった」そうで――。

天国に一番近い島

山頂に到達すると、そこは天国だった。

私の理解では、天国とは死者の世界である。同時に天国は幸せな世界でもある。私の目の前に広がっていたのはまさにそんな光景だった。

南硫黄島の山頂には森林があり、深い土壌が発達している。前回調査の報告によると、ここには多数のクロウミツバメが繁殖している。

たくさん繁殖していれば、その数に応じて多数の死体が生産されるはずだ。そのことを証明するかのように、ここには多数の海鳥の死体があふれていた。一見すると地獄絵図のようなこの光景は、研究者にとっては天国そのものだ。

普段の鳥の調査では、私も主に生きた鳥を相手にしている。

だが、生きた鳥は捕まえるのに手間がかかる。捕まえたら捕まえたで、噛むわ、喚くわ、糞をするわと好戦的な態度で挑んでくる。

しかも、サンプルとして筋肉を採ったりするシャイロック的手法は倫理的に許されないし、衰弱するとまずいので長時間さわり回すわけにもいかない。もちろんお持ち帰りもできず、速やかに放さなくてはならない。

生きた鳥は、行動を観察できるというメリットがあるものの、取り扱い上はめんどくさいのだ。

一方で、死体は従順だ。噛まない、鳴かない、糞しない。どんなにじっくりとさわっても文句ひとつ言わず、無論テイクアウトも可能だ。

このため、私は生きている鳥より死んでいる鳥の方が好きである。別に変態なのではなく、研究者とはそういうものなのだ。