(撮影:本社・中島正晶)
乳がんの再発予防治療として用いられる抗がん剤。しかしその副作用で、投与から数週間ほどで頭髪などの体毛がほぼ抜けてしまう人は多い。国立がん研究センターが行ったアンケート調査でも、乳がん患者にとって、治療に伴う脱毛が最大の苦痛であることが報告されている。そんななか、脱毛への唯一の対策である「頭皮冷却療法」が4年前に日本でも承認された。そこで都内で多数の治療実績を持つ虎の門病院を取材。具体的な治療内容とともに、現場の医療スタッフや治療を受けて喜ぶ女性たちの話を聞いた(撮影=本社・中島正晶)

装置のヒントはビールサーバー

抗がん剤によって起こる脱毛を防ぐ。そう聞いても、いったいどのような仕組みなのか、ピンとこない人は多いだろう。虎の門病院の田村宜子医長(乳腺・内分泌外科)は、次のように説明する。

「体毛を作るもとである毛母細胞は、がん細胞と同様に細胞分裂が活発に行われています。そのため点滴で血管に投与された抗がん剤の攻撃を受けやすく、乳がんの再発予防で行われる抗がん剤治療では、頭髪が約2~4週間で完全に抜けてしまうのが通常です。そこで投薬中とその前後、計4時間ほど頭皮を冷やすことで血流を低下させるのが、頭皮冷却療法。抗がん剤が毛母細胞まで到達しづらくするのです」

専用のキャップをかぶると、装置から流れるマイナス4℃の冷却液によって、頭皮の表面温度が19℃ほどまで低下する。この装置を開発したイギリスのPaxman Coolers社は、もともとビールサーバーを製造する企業だった。妻が乳がんになったことで、化学療法後の脱毛がどれほど患者のトラウマとなるかを痛感した会長が、冷却装置技術を生かした開発に乗り出したのだという。第一号は1997年に開発された。

2012年にオランダで、17年にはアメリカで大規模な比較試験を実施。その有効性が明らかになると欧米では本格的な導入が始まり、すでに10万人以上が受けている実績のある治療だ。現在、世界35ヵ国以上でこの療法が取り入れられている。

日本では19年、厚生労働省が頭皮冷却装置を医療機器として承認、科学的根拠のある治療法であると認めた。保険外診療だが、日本がんサポーティブケア学会の「がん治療におけるアピアランスケアガイドライン」でも推奨されている。

虎の門病院の外来化学療法室では、21年8月末にPaxmanのシステムを導入した。治療を受けたのは、23年9月までに154人、すでに132人が治療を終えており、のべ1400回を超える実績がある。患者の平均年齢は49歳だが、26歳から74歳までと、その年齢層は幅広い。